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「仏 遙かにあらず」(ワッハ上方演芸ホール)

些か変わったタイトルの公演が大阪府立上方演芸資料館(ワッハ上方)5階の
演芸ホールで行われた(11/14(火)午後6時30分〜)。

真言声明(加藤栄俊)、松尾光明(トーク布教)、四代目桂文我(上方落語)、
節談説教(萩山祥光)という豪華にして異色の、
そして異様に抹香臭いプログラム。
怖いもの見たさも手伝って出掛けた。

声明はここ数年ブームで、東京・大阪・京都などの大きなホールでの
公演も盛況である。もちろん、観客の大半は、その宗教的な意義や
歌詞(と言うのか?)の蔵する教理に共鳴しているのではなく、旋律の
「癒し感」に惹かれているのだが。
普段はお笑い芸人が所狭しと暴れ回るワッハ上方の舞台に、
当日は14人の正装の僧侶が立ち並び、声明をあげる。
荘厳な雰囲気で会場は拍手も忘れていた。

代わって、松尾氏と文我氏のトーク。
「お葬式」をテーマに、普通ならば敬遠しがちな微妙な
問題を本音でズバズバ語り合っていた。
会場もつられて笑っていたが、お年寄りが多かった分、
ブラック・ジョークも効き過ぎの感が否めない。
松尾氏はあきらかにしゃべり過ぎ。

落語はマクラがいけない。
米朝師お得意の小咄をアレンジして会場のご機嫌を
うかがっていたが、「策士、策におぼれる」の喩え通り、
いじり過ぎてテンポが落ちた。小咄は、涼しい顔で
サラリとゆかないと見苦しい。

当日の眼目はトリの節談説教。
落語の祖型と言われ、最近では小沢昭一監修による
CDの発売が話題を集めたが、関西で一般の人が
生の節談説教に接する機会は殆ど無い。
最初は穏やかな調子で話し始めるも、
段々佳境に入ってくると独特の節回し。
一種陶然とさせる妖しいリズム。
はからずも会場には念仏を唱える観客も出て、
「語り」の芸の奥深さを痛感させる出来であった。

仏教界が現代日本へ送るメッセージとしては、
なかなかの水準。
葬式仏教と揶揄され、大衆から遊離して久しい仏教に疑問を
感じる人が内部に増えてきた証左だろう。

次回は節談説教だけをもう少しじっくりと聴きたい。


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