Arts Calendar/Art's Report site/《FUKUI EIICHI no towazu-katari》Kiccho returns

vol.36

「桂吉朝独演会」(国立文楽劇場)

九月末の国立文楽劇場大ホールを満員にして行われた「桂吉朝独演会」。

前座は「兵庫船」(桂吉弥)。
無難に噺が進むが、船中の謎掛けのくだりでは、
滑舌に注意がいき過ぎて、人物の描き分けが不十分。
また、船の櫓は、胸元のあの高さでは実際は漕げない筈。
細部にリアリティが有って、初めて噺に厚みが出る。

次に「米揚げ笊」(桂吉朝)。
念願の国立文楽劇場での独演会という感慨からか、
マクラが長かった。
新しいくすぐりも随所に見られただけに、
「噺半ば」で高座を下りたのが残念。

続いて「不動坊」(桂吉朝)。
幽霊騒ぎを引き起こす、貧乏長屋の男やもめ三人を描写する時、
吉朝は異様に楽しそう。
演者自身が楽しんでこそ、「笑い」や「感動」は他者に伝わる。

中入り後は、人間国宝 桂米朝の「稲荷俥」。
生では久しぶりに聴いた。
どちらかというと笑いの少ない地味な噺を
敢えて持ってくるあたり、強烈な自負心を感じる。

大トリは、芝居噺「本能寺」(桂吉朝)。
扇子、手拭い、小拍子などを巧みに操り、
大歌舞伎の舞台を彷彿とさせる。
ただし、「見得」はやはり本業ではないのでぎこちなかった。

彼が、「うまくて面白い」落語家として、
二十一世紀の上方落語会を背負って立つのはまちがいない。
特別出演の米朝の暖かい眼差しにも、
その種の期待と信頼が横溢していた。

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