Arts Calendar/Art's Report site/《FUKUI EIICHI no towazu-katari》Microcosm
vol.48
「茶道具にみる花と香の器」(藤田美術館)
名品を多数擁しながら、春と秋にしか展覧会をしないために
内外の愛好家たちをやきもきさせている藤田美術館(大阪市都島区網島町)では、
待望の第107回秋季展がスタート(12/10まで)。
JR東西線が開通してからは、大阪城北詰駅下車徒歩3分となり、
アクセスの不便さが解消されたのが嬉しい。
風雅なお茶席を横目に敷石を進み会場へ。
土蔵を改造した二階建ての展示場。
床は板張りで、二回への階段も木製。登るとギシギシきしんで、少し
やかましい。かび臭いような独特の香りが鼻をつき、一人こっそりと
蔵に忍び込み、逸品を賞翫している様な奇妙な亢奮に襲われる。
茶室が単なる喫茶の場でないことは論を俟たない。
茶人達の会話はそのまま俳諧・連歌にも通じる洗練度を備えていた
であろうし、室内のしつらえは日本建築の粋を極めていた。
そうした美の小宇宙に文字通り華を添えたのが、花・花器であり、香であり、
香合であった。
それまで贅を尽くすのがよしとされた花器に、枯淡と諦念を仮託し始めたのは
茶人の手柄である。切り出した竹の反りに、節に、美を感じたその瞬間に、
日本の「侘び」「さび」の精神は生み出されたと言って良い。
そして、あの香合!
手のひらに載る小さな小さな体躯がそのまま、洒脱と泰清と高雅を顕わしている。
根付とともに、「小よく大を制す」の見本と言えよう。
現代の日本家屋が「茶の間」を失って久しい。
そして更に深刻な問題は、空間ばかりでなく、
それを支えていた精神と美意識も失ったことだ。
小さな香合が一瞬、叫び声をあげた様に聞こえたのは、秋風の悪戯か。
「福井栄一の問わず語り」の扉へ
無断転載禁止 掲載:アーク編集室