Arts Calendar/Art's Report site/《FUKUI EIICHI no towazu-katari》Picasso ! Picaso !

vol.55

「ピカソの版画」(伊丹市立美術館)

11/26まで伊丹市立美術館で開催中の「ピカソの版画」展。
せっかくユニークな企画展なのに、
タイトルが些か不親切、と言うか舌足らず。

ピカソ(1881〜1973)の版画作品の総花的な羅列ではない。
詩人エメ・セゼール(1913〜 )の詩集「失われたからだ」(1950)の
挿絵全32点が詩とともに展観されている。

セゼールは西インド諸島の仏領マルティニック島出身。
黒人解放の思想に裏打ちされた創作活動で注目を集め、
「帰郷ノート」(1947)はアンドレ・ブルトンらシュールレアリストたちに
絶賛された。
硬直的で声高なシュプレヒコールではなく、たおやかで伸びやかな言葉の
錬金術で自己の政治信条を表現するセゼール。
ピカソに彼を紹介したのはブルトンであったと言われる。

当時のピカソは、(欧州の多くの芸術家がそうであった様に)
シュールレアリスムの多大な影響を受けながら、新しい内的宇宙の探検に
懸命になっていた。
そうしたピカゾにとって、絵画と詩という分野の違いこそあれ、セゼールの
自由闊達な自己表現は思わぬ福音となったことだろう。

ピカソの挿絵は線描で、一筆書きの趣。
青の時代やキュビズム時代の作品を知る身には、拍子抜けするほどの
シンプルさである。
昆虫や植物たちは画面に「描かれている」と言うよりも、「嬉々として、
しかし厳然と、そこに『在る』」。
画家の恣意性などとは無縁に、自己充足的に泰然と造化の妙を謳歌している。
対象がここまで楽しげに舞い遊ぶ作品を観たのは久しぶりだ。

ただ、作品たちのさざめきの中にあって、異質のオーラを放っていたのは口絵の
1点。ピカソがセゼールに捧げた肖像画である。
大きく淋しげな目、意志の強さを窺わせる口が印象的なセゼールの横顔に
思わずたじろいだ。
茶目っ気と言うにはあまりにも強烈なピカソの計略に舌をうつ。


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