Arts Calendar/Art's Report site/《FUKUI EIICHI no towazu-katari》Tunnel to dark

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「田中勝次写真展」

閉場前の静かな時間帯を狙って、

「田中勝次写真展」(扇町ギルド・ギャラリー)に滑り込んだ。

中央にトンネルの光り輝く開口部。

そこからの逆光で妖しく照らし出されるトンネルの内壁。

「トンネルや扉の向こうには・・・」というモチーフは、
「雪国」(川端康成著)、「マクベス」(蜷川幸雄演出)、
「ナインス・ゲート」(ポランスキー監督、ジョニー・デップ主演)でもお馴染みだが、
改めてこうして二次元の写真で採り上げられると新鮮だ。

そういえば、「牡丹灯籠」だったか、「雨月物語」だったか、

こういう話がある。

或る男が若い女と懇ろになり、毎夜毎夜、逢瀬を重ねる。
男は幸せの絶頂だが、みるみる生気を失い、やせこけてゆく。
心配して高僧に看てもらったところ、
その女の正体は亡霊で、放っておけば男はやがて、とり殺されるという。
高僧は男に仏像と沢山のおふだを渡して言う。
「このお札を家中の戸や窓に貼れ。さすれば亡霊は中へは入れない。
そして一心不乱にこの仏像を拝み、朝までもちこたえれば、
おまえは亡霊の呪縛から解き放たれる」と。
その夜、男は高僧の言いつけ通りにおふだを張り巡らし、祈った。
深夜、女は忍んで来たが、おふだの霊力で中へ入れない。
懇願するが男は耳を塞いで聞いてくれない。
しばらく押し問答が続いたが、やがて外は静かになった。
あきらめて帰ったようだ。男は懸命に仏に祈った。そして、願った。
早く朝になれ、早く朝になれ。
やがて、障子越しに朝日が差し込んだ。
「やれ、有り難や、これぞ仏の功徳ぞ」と喜んで戸を開けて外に出ると、
辺りはいまだに闇夜。さてはあの日の光とても、亡霊の仕業であったか。
「ぎゃっ」という男の悲鳴。
驚いた隣人が駆けつけた時、男は既に息絶えていた。

この話が恐ろしいのは、亡霊が本来恐れ嫌う筈の光すら操れるという点だ。
或いは、朝日が見えたのは亡霊のせいではなく、怖がりながらも内心、
女に会いたいと願った男の煩悩の故なのかも知れない。

そこで、ふと考えた。
ここに並ぶ写真が見せる逆光は、果たして本物なのか、と。
実は写真家の情念が、我々に幻視させているに過ぎないのではないか。
いや、もっと恐ろしいことがある。
このまばゆい光が、明るい新世紀を渇望する我々の自己暗示だとしたら。
ならば、向こう側に待っているのは・・・。

そう思い悩むうちにも、ほら、もう我々はトンネルの出口まで来てしまっている。


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