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vol.66
「吉例顔見世興行〜東西合同大歌舞伎」(京都・南座)

今年も、はや「顔見世」の季節。南座には恒例の「まねき」が上がり、
師走の雰囲気がいや増す日々。
昼の部は、「寿曽我対面」「身替座禅」「壇浦兜軍記〜阿古屋」
「良弁杉由来〜志賀の里より二月堂まで」という豪華な布陣である。

まず、「寿曽我対面」。
五郎の我當、十郎の梅玉ともに「とう」がたち過ぎている。
稚気が感じられない五郎では食い足りないし、何より梅玉の
憔悴ぶりは尋常ではない。
舞鶴役の秀太郎は、小柄を感じさせない堂々の演技でさすがの出来。
ただ、時折、肩のあたりに淋しさが漂っていたのは、盟友・嵐徳三郎が
急死した故か。
工藤祐経の左團次はまずまず。端々に老獪さを感じさせる様になれば
羽左衛門の域に肉迫出来る。

「身替座禅」は海外でも屈指の人気。
浮気な夫と悋気する妻の攻防は万国共通のテーマだ。
愛人・花子と夢の一夜を過ごした右京は、夢うつつで帰宅。
座禅の主が使用人・太郎冠者から自分の妻に入れ替わって
いるのに気づかず、延々とノロケ話を開陳する。
一度も舞台に登場しない花子を如何に生々しく感じさせるかが
右京役のしどころ。
勘九郎は緩急自在の科白と踊りで会場を沸かせた。少し遊び過ぎの
感すらあった。
奥方・玉の井の左團次が意外に良い。ただただ嫉妬するばかりの愚かな
女ではなく、実はしおらしく主人を慕う可愛い女として玉の井を描いたのは
手柄。

次に満場のお目当ての「阿古屋」。遊君・阿古屋に扮する玉三郎が、
琴・三味線・胡弓の嗜みを次々と披露する。
療養中の歌右衛門を除いて、今の歌舞伎界でこの難役をこなせるのは
玉三郎ただ一人。数年前、国立劇場で観た時よりも格段の伸長。
精進の跡を看た。
重忠役の梅玉は無難。人形振りで笑いを誘う勘九郎は、世話がかった器用な
演技で却って損をした。人形独特のぎこちない動きの風情を残してこそ、人形振りは
活きる。

「良弁杉由来」では、大鷹に子をさらわれた母の慟哭を鴈治郎が熱演。
太棹の糸にここまでのれる役者は他に居ない。
さらわれた子は長じて、良弁大僧正という高僧になり、ひょんなことで
親子の対面が実現する。
荒唐無稽な筋書き故に、余程の説得的な演技が無いと苦しい。
良弁に扮した仁左衛門は美しい僧形。登場するや、会場にジワが広がった。
眼目の対面も両雄、気合い充分。
客席のそこかしこですすり泣きが洩れた。

重量感たっぷりの昼の部。
華やかな舞踊ものが妙に恋しかった。


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