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vol.77
「松村呉春と早春の茶道具」(逸翁美術館)

2001年、逸翁美術館が最初に手掛けるのは
「松村呉春と早春の茶道具」展(3/4まで)。

松村呉春は江戸後期の文人画家にして俳人。尾張の人。
1781年(天明元年)、姓を呉、名を春と改めた。池田に
隠棲していたこともあり、逸翁美術館の呉春コレクションは
国内屈指の質量を誇る。
今回の展覧会では、与謝蕪村に師事していた時代、
つまり、新たに円山応挙に師事する以前の作品に焦点が合わ
されている。
掛軸、屏風などに山水、花鳥風月、年中行事などが伸びやかに
描かれる。墨絵が少なく殆どが絹本着色であるため、会場は
いつになく華やぎ、いのちを謳歌する蕪村・呉春の哲学が訪れる者を
なごませた。
池田を離れた呉春は、その後、京都四条通東洞院に棲み、蕪村風の
南画のたおやかさかと応挙風の写生画の力強さを止揚した自己の様式を
確立、四条派の祖と称される。
現在もその居所跡に小さな石碑が立つ。

本展のもう一つの柱は早春の茶道具。
茶事を構成するのは茶碗だけではない。
湯盆、汲出椀、釜、香合、火箸、
飯椀、焼物鉢、徳利、菓子器、花入、水指、茶杓、
火鉢など、実に沢山の茶道具たちが、それぞれ自己を
主張しながら、しかし絶妙の連携を以て、茶室という宇宙を
構成する。
時代も素材も制作意図も違う無数のアイテムを、如何に組み合わせて
全き時空を創出するかは亭主の力量如何に懸かっている。
厳しい世界だ。言い訳が無い。

逸翁美術館に来ると、いつもほっとする。
凛とした空気があるから。
そして、忘れかけていた「美意識」という
言葉を思い出させてくれるからである。
思えば、日本史を貫くキーワードは永らく「美」であった。
生き方はもちろん、死に様にも、人々は美を求めた。
いつしか、その「美」は「媚」となった。
ここにきて、時代への佞媚はその極に在ると言って良い。


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