Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》ZOO OF MUSIC-1
251.
8/11(土)
『楽器の動物園〜きららの村』秋吉台国際芸術村(その1/開始前)
午前5時に目が覚める。窓を開ける。ひんやりとした空気。
私が泊まったのはC1というツインの洋室。テレビもなくシーツなどもセルフサービス。でも温水がでるし机も大きくて本を読んだり思索をするにはもってこいだ(持ってきた3冊の本はすぐに読んでしまって、2階の戸棚にあった音楽や現代詩の本や雑誌を4〜5冊こっそり持ってきては、読んだりノートをつけたりした)。
秋吉台国際芸術村の宿泊棟は4つぐらいの部屋をひとかたまりにして、水の中に分散して立っている。窓からは睡蓮(大きくはないが、花をつけている)が見える。朝が早いうちはまだつぼんだままだ。蓮の花が開くときに音がすると何かで読んだので少しじっと耳を澄ませて待っていたがじわじわと開くだけで音は聞こえなかった。
ここはもと水田だったということで、水が山から流れてきている(小川になっているので今回はネットでそこに入らないようにしてあった)。
宿泊棟の水はかなり濁っているが色とりどりの鯉が泳いでいる。この水のなかには見つからなかったが、本館の池にはオタマジャクシが泳いでいた。
虫の声はどうしてもここに写せない。5時頃から1時間の間は、カラララララッラッラッ、ラッ、ラッと最後の方がリタルダントする虫の声が一番印象的に部屋まで届く。そのうち鳥の声がやってくる。もちろん烏も鳴いているが、東京のようにそれが圧倒するわけでもなく、かなり珍しいリズムを繰り返す鳥の声が6時頃から優勢になる。
音の「響き」というが、それは鼓膜だけでなくもっと全身で感じる微妙な振動のような何ものかなのだろうと思う。触覚や平衡感覚とも関係する感覚なのだろうと音に包まれているうちに思われてくる。
もちろんNHK人間講座のテキスト『音のかなたへ〜京都・アジア・ヨーロッパの音風景』(中川真)のいい影響で耳を澄ますことに楽しみ比重を置くようになったせいでもある。一人でテレビもラジオもオーディオ機器もないからでもある。
中川真さんが聴覚に障害のあるMさんに音ってなんでしょうときくと、即座にMさんは「それは言葉なんです」と答えたテキストのなかの話が気になっている。単なる響きから意味を持つ言葉へ。それはどのようにしたら可能なのか。チューニングをし音楽として形を整えることも大切だが、もう一つ聴く方へのアプローチがより根元的に必要なのだ。
【注】この日記ではこれから単刀直入にさまざまな問題点も指摘しているが、この「楽器の動物園」自体にはとても感心しているし、実際ここでもとても楽しませていただいた。特に3世代の家族が一緒に来ている姿がとても新鮮で、その間のコミュニケーションが進んだとしたらそれだけでも意義があったとも言える(このことを予め書いておく)。
朝の散歩のあと、宿泊棟に戻って8時から食堂(ガレリア)が開く。無闇と天井が高い。開口部に本館が鎮座しているのを見なさいという感じ。12日にここで打ち上げがあったが音が響いてとても居心地が悪い。2階へ上がる階段で食器が落とされて割れたりするととても大事件のように響く。
食事はワンパタン。朝は卵のみ。夜も含めてサラダだけが野菜でこれでは繊維分がぜんぜん取れない。肉料理ばかり。メインアーティストのクリスとショーコは鮭を焼いてもらって朝ご飯にしていたがこれは正解だ(きっと、昨夜に3000円かけてタクシーでコンビニに行くと三宅さんがいっていたのは鮭などを買いに行くためだったのだろう)。
朝、楽器の動物園イラストを全部作った梅田憲司さんに食堂で会う。帽子の後ろの紐が特徴の人。梅田さんのイラストって「にやっとしますね」と話しかけると当を得たと思っていただいて、私のイラストはかわいいの一歩手前とかを考えていますという。子供向けは初めてのようだった。「イラストレーション」という雑誌のプリントゴッコ特集でちょうど同じページに100%ORANGEさんがいたという。偶然ながら嬉しい。
梅田さんがいるギャラリーで黒いTシャツとハガキを購入する。同じさわやかなソーダ水も楽しいパーティのケーキにもふと手を止めさせるウィットを感じさせてくれる。特に2つのイラストの続きものが面白い。ほのかなアイロニー。マンガのなかのストーリーとかを除いたあとに残る「つかみ」の部分だけがクローズアップされている感じだ。
三宅さんは全体の仕掛けを構想した人なので大変忙しく、同じアリオン音楽財団の丸山真樹さんがクリスとショーコのコンサートとワークショップをメインで担当している。舞台監督は広田義幸さん。クリスとショーコ夫妻、そしてその子どものジュリアス君がガレリアにやってくる。西瓜をつかもうとする姿がかわいいので思わずカメラを向ける。
10時からオープニングセレモニー。小学校のマーチングバンドが練習している。この二日は村長をマーチングバンドの女の子にするとかいう演出をしていたけれど、このマーチングバンドのみんなはゆっくりこの企画を楽しんでいたのだろうか?すくなくとも、にわか村長になった女の子は単なる儀式の演出だけだったみたいだ。(続きは252にて)
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