Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》KYOTO NEW ARTISTS&SYOJIKI-ISU
京都文化博物館で、今日から始まった『京都府美術工芸新鋭選抜展2002〜新しい波』を視る。「京都を主たる創作の拠点としている概ね35歳以下の新進作家で、京都の美術館学芸員、学識経験者、報道機関美術担当、美術系大学、画廊で構成する推薦委員から推薦のあった159人の中から」選ばれた38人。
作家選抜の選考委員は、島田康寛(京都国立近代美術館)、篠雅廣(京都市美術館)、藤井健三(京都市染色試験場)。審査委員(作品審査)は、篠原資明(京都大学)、中ノ堂一信(京都造形芸術大学)、太田垣實(美術ジャーナリスト)、山本俊介(京都府京都文化博物館)。こういう委員の顔ぶれや選出方法自体も興味深い。
いつもだいたい日本画というのは素通りすることが多いのだが、今回は戸口にあることもあってゆっくり視た。様式の古さをちょっと抜けているものもあった。そのなかで田島周吾の「トビザカナ」は可愛くて、分厚くて剽軽で、でも金色屏風の伝統もあっていいなと思った。
洋画は最後の方の順路だったこともあって足早に過ぎる。でも。喜多順子は知っていることもあり、足もとの石と自分の下半身との絶妙な(アフォーダンス的)係わりが描かれていて目が留まる。福島栄利子の白い平面作品が優秀賞(20万円だそうだ)。あるかないわからないぐらいの陰や泡が、白い中に閉じ込められている。
版画は大崎宣之をKAVCなどで視たなあと思い出す。曇りガラスにぼんやりと見える赤いシャッポの飛行機が、戦闘機に見えて、そういう見え方をしている世界の今をちょっと思う。
彫刻。神谷三郎「意外なイメージ」。奈良美智のカップの中の子どもの白い像を思い出す。もっとそれをコミカルにした感じ。唇が河童みたいな子ども。小嶋サコ「KICK US,」が優秀賞というのは一番共鳴する。毛皮のなかから、ピンクのお尻が見える。その無防備な肢体と裏腹に、前には伸びたつめの指。こちらは、結構攻撃的な長さ。「ほかほか」のエロスも。
かろきねたみ展で話した山崎暢子もあった。
染色では、小森崇。畳と米を染めている。カラスを真っ白にも。染色で優秀賞をもらっている吉引ありさ「ヘビに噛まれた朝」。物語を拒まない感じがメルヘンにならなければもっとすごくなるかも知れない。いまのままだと、本の表紙にはとても気持ちのいい水色だけれど、そこに止まるようにも思う。
陶芸。福本双紅(ふく)。本名としたらすごい親だ。「薄曇り」、これが最優秀賞(50万円)。綺麗な陶器。襞の積み重なり。壊れそうな重層を包み込むようなクリームと薄青色だ。でもちょっとおとなしすぎる。吉村敏治の牛の化石風も少し惹かれる。
諸工芸。ここは京都の伝統の部分だろうが方向をどう見つけるのかぼくにはよく分からない。漆が雫(笹井史恵)とか、紙工芸で落ち葉を閉じ込める(野村晶子)こととか、試みは続くのだろう。あと、ミクスト・メディアというなんでもありの作家が3人いた(森永牛乳とか)。
この展覧会の1階下の3階では所蔵絵画の展示。池大雅の書画の解説がたまたまあって人だかり。西川純の昭和30年代の今日の家並みのスケッチを見ていると、上賀茂の水路の風景などは、去年同じような場所を歩いたなと思う。
東山青少年活動センター創造活動室。いっぱい。小さな子連れも。隣にいたはなが、お父さん、珍しくメモを取っていないねと言う。確かにこんなに面白いのにメモを取ったりあれこれ考える暇があったら笑いたい、そんなお芝居だった。はながこんなに笑ったのは何年ぶりだろうと言う。
演劇というより、コントをコラージュした舞台。ステージでシモネタチックでなく笑ったのは(アメリカザリガニをOMSで観たときも笑ったけど)、グリマンデルと工事現場2号というユニット以来かも知れない。スクエアや転球劇場とは笑いの質が違うような気がする。ベトナムからの笑い声ともまた微妙に違うしな。
まあ、そんなことはどうでもよろしい。正直者の会。「イス」。劇団衛星の田中遊の作・演出。再演ということ。しらなんだ。18:04〜19:36。うまく円環している。コラージュというのは、バラバラにして、実はまた新しい布置にならないと、ただの切り張りモザイクになる。そこが絶妙。
さらんの二口大学が、暗いオーディションシーンなど静かな内気な人の役回り。ノリノリのテンションを作っているのはもちろん、衛星随一の濃い役者、岡嶋秀昭。そして、屈折して白けを誘う感じが絶妙の田中遊。
ファックジャパンが、背広来てかしこまって注意する。彼が手を叩くとシーンがストップする。折り畳みの木のイスが3つだけ。様々なイスになる。たまにはイスが西部劇の音響になったりドアになったりもする。イスのあるシーン。それはまず、通勤帰りの電車のなかだ。
おばあさんを詳しく田中遊が演じるのではない。岡嶋が座っている席を替わりたくないのに替わった。その岡嶋を見も知らずの二口が笑う。で、喧嘩。どこでもドアが出てくる。そして喫茶店。二つの同時進行会話。ほんとに余所からみたらどうでも良い話に夢中になる。一方はKinkiKidsのコンサートに行く女性二人。もう一方は曾祖父さんが生きている家系の男と女。その二組が合唱してしまう。
オーディションは良くある話だがおかしい。岡嶋の目と顔だけの演技(映像演技ということで)は笑いすぎ。知っているつもりか、というテレビ番組。ロベルトがはじめてのお使い。死ぬまでお使いを続ける。メインネタは結婚式に出る準備をするずっこけ4人組の3人。
お葬式で泣きながら、それを笑う観客というエンディングはやっぱりおかしい。笑っているお客である私たちまでも観ておかしいなあと思う仕掛けがいいのだと思う。事故で母親は死に息子だけ生き残った病室のシーンというのもあった。相撲やレスリングは何もない舞台には相応しい。
女同士の飲み会。これはどろどろしているだろうな。岡嶋が女にはなかなかならないのが、変なのだが、スポーツ選手と言う風になっているから逆に納得的でもある。二口大学はほっておいても女性的。
バス停のイスになった3人、いや3脚が、座らないで欲しいという辺りはちょっとダークな問題ねたではある。でもえぐかったり、シモネタだったりほとんどしないのがすがすがしい。狂言にも通じるかも知れない。ただ人生悲喜こもごもになるとカクスコとかになってウェットすぎるから、コントの絶妙なさじ加減というのがあるんだろうなと思う。
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