Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》NARA YOSHITOMO 2001-2002
いま入っている人数分だけで、いつもの1日分の入場者数です。芦屋市立美術博物館の山本学芸員が言うように、奈良美智人気とその吸引力はいまもとても強い。オリジナルグッズ売り場は別会場になっていて、いったん外に出て買う仕組みになっている。ここもとても人気だ、何かを買いたくなるものだから。
そういう私も帰り、王冠をかぶった細長い犬 Pup Kingのぬいぐるみと同じくバッチを買って、ぬいぐるみは2002年度の基礎ゼミ用にしようとか思っているし、地味なアンゴラコートの襟にはさっそく、Pup Kingがひっついている。入場しようとしてグッズ売り場に入ってしまった女性集団がいて、明らかに、ここにはじめて来た人たちだと分かる。
I DON'T MIND,IF YOU FORGET ME.NARA YOSHITOMO 2001-2002。はなが横浜で視て芳江がオープニング(内覧会)に行かせてもらった。話もカタログも熟知している。BTも久しぶりに読んだ。HAPPY HOURのサイトでナナさんの日記も読んでいたし(いまは中止されているようだ)、ヨコハマプロジェクトで届いたファンからのぬいぐるみの写真も逐次眺めてきた。
そんな中で何も新鮮さなど感じないだろうと半分諦めていた感もある。やっぱりどこかみんながいいと言い出すとスノッブ的にへそ曲がりになる自分があるだろうと思ってもいた。
ところが。エントランスに入って、3つの大きな絵に向かっているとそういう小賢しい気持ちや不安がだんだん薄れていき、なつかしい少女にまた出会っただけの静かな気持ちに移っていく。
Milky Lake、Keep Your Chin Up、Princess of Snooze。顎を上に向けた(Chin Up)少女の胸にあるとても頭部の大きさとは釣り合わないちっちゃなちっちゃなリボンがとても印象的だ。
きっと、ちょうどいい感じの鑑賞者数だったということもあるだろう。またこの美術館内を歩く道筋に馴染んでいたせいもある。
なかでも一番いいなと思ったのは、鑑賞者の静かな佇まいだった。しかも思い詰めないし、もちろんミーハー的騒ぎがまったくないということだ。
1つのFRPは写真撮影もフラッシュなしでできるし乗ること触ることもできる。でも、何だかみんなおとなしく犬のシーソーを揺らしているばかりだ。
もちろん、二人で話している声は聞こえる。
・・・このお人形たちの並び方がみんな好き。この子たちは向かい合ってお話ししているでしょう。こっちも。これは並んで同じものを視ている。みてみて、後ろ向きのぺっちゃんこのぬいぐるみを。カタログを何度も観ているうちに覚えてしまった・・・。
何度も来る人用にフリーパスが発行されている。ここには会場に何度も足を運びカタログにずっと向かっている人たちの顔が確かにある。
面白いなと思うのは現代美術の専門家の方が入りにくい感じが奈良美智にはあるだろうという点だ。ぼくがこんなキャラクターグッズにすり寄ってどうする?と専門家が思っているわけではないだろうが、逆のクローズな雰囲気(ナナワールドファン層がかもしだす独特の薄紫に染まる空気)がちょっとあるかも知れない。
私にそれがないのは、現代美術の門外漢だからだろうな。芳江は入り込めなくて寂しく思ったそうだ。彼女は専門家じゃないけど、内覧会だったから身内的盛り上がりの蚊帳の外だったからかも知れない。
自分だって前に小川登美夫ギャラリーや資生堂銀座のギャラリーで見た絵やFRPの方がずっとよかったのに、と思う作品も確かにある。
たとえば、Fountain of LifeにFountain of Sorrow。モーターで水を目から流すのは、想像力の幅をぐっと減らしてしまうのではないか。あまりにも解説的になっているのではと思う。その水が涙なのか血なのか、あるいは冷や汗か、それは観る方の自由が残されているとしても。
逆に、ああいいなあと思うのは、Sligt FeverやToo Young To Die。確かに英語のタイトルは説明してくれるが、やっぱり絵に向かっているとじわっとくる。Too Young To Dieをマウスパットとして売り出すこと。それが単なるキャラクターグッズ販売をちょっとはみ出すことになっているような、そんな解釈だってできるかも知れない。
かってに嬉しがったのは、Time Of My Life 2001。
奈良美智作品が残すもので最大のモノはドローイングじゃなかと言う人がいる。そうかも知れない。一番の人だかりだ。私は、この囲いの外から、小さな穴を通じで作品と鑑賞する人たちを合わせてのぞき見するといういたずらを発見した。
どうして板に穴が空いているのかは知らない。ただ、それは意図していないものだろう。そんなことをしているのは自分だけ。それが面白い。
一番素直に感じたのは、Peeかも。図録で思っていたものより小さかった。
オタマジャクシの男の子。背中に絆創膏のある大きな擬人的な精子が1つ、放尿している。大きな精子にまで退行しているように見える男の子はどうなるのだろうか。
目がサーチしている暗い方(Pee−Dead of Night−)よりも、白い方が深い気がする。
「こぐれ日記」の扉へ
無断転載禁止 掲載:アーク編集室