Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》OMS〜SALON DE AManTo

303.
1/6(日)
『芸術環境ぶらぶら散歩ハジメ』OMS〜SALON DE AManTo


平常の日々へ。はなが梅田の周辺部として注目されつつある中崎町でモトキシノブさんがやっている写真の個展を見に行くというので、一緒にお出かけ。
まず、天満駅から今年もお世話になるだろう扇町ミュージアムスクエアに寄る。ここで第6回目の「OMS FLEA MAEKET〜フリマへいこうよ!!」が開催されていた。

前からフリマはアーツの交歓の場としても地域通貨とのからみとしてもとても興味深いものだと思っていた。それに学生などが入り込めやすいから研究とか制作のエレメントとしても最適である。冬は野外よりもホールの方がほかほかしているし、OMSのような固定席がないホールでは、とりわけ手軽でコミュニカティブな企画だと思う。

40ブースが埋まっていた。昨日の方がアート部門の出店が多かったようだが、昨年暮れ西陣ほんやら洞で会った橋本姉妹も出していた。妹さんはちょっと100%ORANGEさんに似ているなあと思う。他にも水彩でうまいイラストを描いている人やディジリドゥを売るお店もあった。

1.8m×1.8mで2000円(11:00〜17:00)だと松井さんに教えてもらう。支配人の山納洋さんらが出しているブースもあるというので覗くと300円の緑のセーターが2枚あったので買ったりもした(一つはちょいと小さかったので芳江が着ることになる)。

10円で売っていた文庫本をおまけでもらう。私が選んだのは、『詩集ロマンス』(銀色夏生、角川書店)1990年の発行。銀色夏生という人はよく本屋で見かけたしこの人ぐらいになったら詩人としてもポピュラー路線だけれど印税で食べれているのだろうな、と思ったりする。

OMSから中崎町へと歩いていく。賑やかになる手前を北に行くとすぐに高架が見えて中崎の地下鉄駅があった。実に近い。4番出口を起点にすると分かりやすい。駅出口から北に行く道を少し上ると、すぐ右側に学校がある。その向かいに、モトキシノブさんの個展会場、gab galleryがあった。あっけなく見つかって拍子抜け。ここは男物の小さな洋服ショップと並んである、ほのぼのとした小空間だ。

14時から開廊だったので、実際は假奈代さんらの集まりの帰りに寄ったのだが、話の流れで書いておくと:
motokicks photo exhibition #4『keep walking』モトキシノブ。12/16から約1ヶ月開いている。友人とか、あるいはふらりと入ってきた人が置かれているノートに言葉を丁寧に書き込んでいる。

この展覧会では、被写体が3人のおともだちであることや、写真本にもなっていることで、展示とは違う見方が出来る。それで、ゆっくりと隣のノートにも言葉を書こうかなという気持ちが湧き出るのだろう。モトキシノブの写真は、芸術芸術していない心の風景の一瞬だったりするけれどそこに淡い友情の襞が見られたりするもの。

まだ13時には早かったが、明かりがついていたのでSALON DE AManToへ行く。ここのマスター、JUNさんがお正月なので靴を脱ぐスタイルにしたということなので座布団を持ってストーブの近くに座る。JUNさんはパフォーマーだけれど、ここを自分なりの仕方で改造すると宣言して、地元にその工事現場を隠さないまま仕事に取りかかったという。

ゴミを一切出さない。近所の粗大ゴミを集めて再利用すると宣言し、それを実行したら、疑っていた近くにある安藤忠雄事務所の人たちも感心していたという(「住宅建築」にも紹介されたらしい)。

面白かったのは、開放してやっていると、近所にいる様々な工事の技能を持った高齢者の人たちとかが見かねて色々と教えてくれたり手伝ってくれたということだ。また、ここをパブリックスペースとするために、子どもの遊び場にもしたいということで、午後のひととき、近くの小学低学年ぐらいの子どもを中に入れていることも興味深い。

詩のワークショップの時に二人の男の子が遊んでいて、詩の朗読をしたりしていると、その言葉に反応しておちょくったり、物まねしてかってに次の言葉をつけている。半分以上邪魔な感じもあるのだが(もともと男の子は調子に乗ってしまうことが多い)、うまくそれをコントロールしていると、素直なだけにとても怖い観客にもなるということが分かる。

子どもの書いた詩の本を使って、2階で同じようにその男の子たちが詩を読み合っていたと、JUNさんが報告していた。見よう見まねで子どもも大人の詩のワークショップを真似ている。ふと、さきたち疎開組が小学校時代に白州アートキャンプでベツニナニモクレズマーバンドに合わせてみんなで踊っていたことを思い出した。

SALON DE AManToでの私の目的は、一つは上田假奈代ファンクラブ(あるいは後援会の中にヘビーなタニマチ倶楽部とフェザーなミーハー倶楽部を設ける?)の設立についての打ち合わせで、それは、後援会長になったのんさんと、呼びかけ人でこのたびシタゴコロプロジェクトの代表になった松尾一廣さん(47歳から詩作を初めた環境学博士)らが中心となって徐々に形になると思われます、みなさんよろしく。

15時前から始まったシタゴコロプロジェクトによる詩のワークショップは、私が途中で帰らせていただいた18時になっても引き続き行われていて、とても興味深く楽しく色々と勉強になった交歓会だった。

今回のワークショップは、作詞の指導を行っているフォークシンガーのドクトルミキ=篠原三樹さん(43歳)がコーディネータ。いつもポエムを作ってリーディングしている人たちが、作詞として歌になりうる歌詞(ワード)を作って持ってくる。そして、その場でドクトルミキさんがギターの弾き語りで歌にしてしまうというものだった。

トップバッターは松尾さん。彼の歌詞は彼の年代にぴったりの哀しげなフォーク調になる。でも、それをジャズ風にも出来るということで、違う歌をまた歌ってもらえてワクワクする。どうしてデジビデオを持ってこなかったのだろうと特にのんさんが残念がっていた。

荒木瑞穂さんも「男前な」歌詞を持ってきて、いくつもの形で歌ってもらい、「トーキングブルース」の形で語り風にギターに合わせてやってみたりもする。假奈代さんの歌詞「るのうみ」も歌になる。はなもギターを貸してもらって、假奈代さんの「スイヘーリーベーぼくのふね」というフレーズが心に残る詩「愛はなくとも、ダッコはできる」を即興で歌っていた。

ドクトルミキさんの作詞作曲のワークショップは色々なところでやってみると面白いだろうなと思う。うちの大学で椎名林檎などをコピーしている連中がオリジナルを作りたがっていたし。特にポエムとワードの違いについては示唆的だった。東京や岡山からも人が集まっていたし、ボイストレーニングの人もやってきたりしていた。


こぐれ日記」の扉へ

無断転載禁止 掲載:アーク編集室