Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》Tsuyama Art Festival-1

311.
1/27(日)
2002『つやま芸術祭』訪問記〜「Nice Trip-時の記憶をめぐって」ほか(その1)


「つやま芸術祭」の1つ、おかやまアートファーム企画【Nice Trip-時の記憶をめぐって】が津山市であるというので、急きょ出かけることにした。
あなたの表現(ゆめ)かなえます/2002『つやま芸術祭』:今日から2/17まで。小さなJR津山駅に9時45分に着く。駅内の観光案内所でA2版の大きな総合ガイドをもらう。「Nice Trip」は11時からというので、それまで少しうろつくことにする。

が、あいにくの雨。総合ガイドがびしゃびしゃになった。この芸術祭は大きく2つに分かれている。
【えとあーと】。つまり「年賀状にみる津山と日本の歴史」ということで、全国から年賀状を募集してそれを「干支」別に展示している。そして「えとあーとスタンプラリー」というお楽しみもある。

私も、京御門(和菓子屋さんのギャラリー)で「辰」、箕作阮甫旧宅の「寅」、そしてまだ東へ歩いてやっと着いた「城東むかし町家」で「卯」年の年賀状を観る。うさぎが踊っている城東むかし町家では、座布団に座って眺める展示もあって、これはなかなかにいい。お正月のちょっと後的気分。

もう一つは【つやまあーと】。坂口寛敏と大田三郎(彼は審査員でもある)が招待作家で、あとは「津山の歴史や町並み・自然など、場を活かした新しい表現や、日頃から実現してみたいと思っているゆめのアートプランを広く公募」し審査員が選んで、町中に展示し公演するアートたちである。

総合プロデューサー&審査員は北川フラムで、ちょうどはなが歌い終わった頃にやってきて急いでまた別の会場に出かけていった。オープニングが11時からあったし忙しそうだ。北川フラム、大田三郎以外に審査員は絹谷幸二、真野響子。

吉井川が雨で濁っている。灰色の空に水も灰色。グレーばかりで、ちょっと残念だったのが、新田和成「BA(場)」。川の上空にビニールロープを張り渡すインスタレーション。みんな灰色の世界なのでその白いロープもそこに混じってしまっていた。

ROUTE・B(グループ名かな?)「時と記憶のアートパフォーマンス(ハンカチネットワーク)」。吉野川の河川敷や小島みたいなところに、ハンカチをつなげて置いてある。絵文字が書かれているハンカチもあるが、多くは単色のもの。

あと、西暦年号が順々に書かれた旗が等間隔に立っていて、そこの下部に活字で津山市役所の年表的出来事(市民には興味のない様な表彰などもあるが)が書かれている。その旗にワークショップとしてだろう、自分の記念出来事(B'sのコンサートに行った!など。B'sの稲葉が津山出身なのですね)が書かれている。

吉井川を渡る。通りには河童の乗った舟や蛙が置かれている。ちょっと楽しくってこういう無名性の強い野外立体(広義のパブリックアートの1つ)は大仰でなくいいなと思う。このつやま芸術祭には関わらないものだろうが、そういう目線で今回のインスタレーションなどと比較するのも学習になる。

アーケードのある商店街の2階に、友保正彦「日本の子ども・チェコの子ども絵画交流展」があった(通り過ぎて子供服のお店に聞いた)。
富村立富小学校の児童46名とチェコ共和国トゥフロブィツェ小学校の児童40名の絵画。

特に、「森」という字を使ってそれを絵画的に表現している部分に興味を惹かれた。そこにチェコ語が書かれてあり、チェコと日本の子どもたちがお互いの森について児童同士で会話しているようだったからだ。

吉井川に注ぐ小さな宮川を渡ると、古い街道沿いに情緒豊かな町家が並んでいる。解体されつつある蔵もある。「石敢當」が道の曲がり角に置かれていて、沖縄を思い出す。ここにも道教は及んでいたのか。作州城東屋敷はハシゴが目印。ここで創作落語が演じられるという。

そこを過ぎてまた東へ行くと、洋学者の箕作阮甫の旧宅があり、すぐ東側に「城東むかし町家〜旧梶村家住宅」がある。
この梶村家は1767年に「札元並」という町役に任命されて名字を許され、明治になって和歌をたしなむ梶村平五郎が県会議員などを務めた。その子どもはガス会社や製紙会社などを興すが、最後はパナマ帽工場をして没落したらしい。

茶室や倉庫、庭、それに屋敷はなかなか繊細な造りで見飽きない。パナマ帽が戦後になって売れなくなって、屋敷中に在庫の山が溢れて帽子だらけになった様を想像してみたりする。無帽になったサラリーマン。いま、ぼくも含めて帽子を被る人が増えているのではないだろうかと、堀江の帽子屋というお店の賑わいを思ったりする。

中に入るとアートファームの大森誠一さんがいた。おかやまアートファーム「Nice Trip-時の記憶をめぐって」と白い表示がたっている。NHK朝の連続番組「あぐり」の撮影写真と人力車が入り口の右側に、展示。津山のこの辺りが初めの舞台だったのだ。城東むかし町家には、「えとあーと」以外に2人の公募作家の展示がある。

大谷俊一「祖父母の町..., 津山プラン2002」。彼の祖父母がすぐそば(西新町)の人だったので、その辺りの記憶を過去の写真やエピソードから探る企画らしい。朝、その大谷さんにあったが忙しそうだった。
集められた年月を経た近所の記念写真、生活写真。

案内ハガキは衆楽園で1969年に大谷清が撮ったたぶん作者自身の幼い可愛い写真(白いアヒルが4匹水面を眺めている)。かなり古い写真が座敷の硝子戸に貼られている。面白いことに、その写真は光を通すようになっていて、ガラス飾りのように空中にすでにいなくなった人たち、あるいは、その面影が残り少なくなった人たちを浮かび上がらせている。

最近はこういう風に歴史的な建造物をあまり混乱させたり異化作用を与えたりしないで、当たり前にあるようにインスタレーションしつつ、ちょっと何かを考えたり感じたりする設置方法が多くなっているように思う。

そこの2階にある田中敦子(てっきり、かの「具体」の田中敦子かしらと思っていたら、1973年生まれの同姓同名の作家だった)の「眠るけむり」。上へと向かう階段からすでに、皮革(といっても柔らかい布のようなもの)で造られたオブジェが吊されている(たぶん、紐状のものは針金が中に入っているのだろう)。

開け放たれた2階の3つの部屋。炉が隅に掘られているが、そこにも白いゆらゆらと曲がった線が吊られている。実際は吊られているからそう書いたが、「けむり」という題名の通り、それは炉のそばは水蒸気となって見えなくて、そのあとに湯気になって天井へと上っている、という風に解釈した方がいいのだと思う。

うるさくはない。あまりにも和室に馴染んでいるという方がいいと思う。これは制作意図と違うかも知れない。でも、その場の記憶を大切にしたいといういまの若い作家の気持ちが無意識に出ているせいだとも思う。黒と白、赤と白、色彩とともに曲がり方にも対照を十分に意識した設置である。

縁側(いや2階だから何ていうのだろう、庭に面した廊下か)に光が射し込んでいる。雨が降っているのに冬の光が結構強い。ガラス枠が幾何学的に影を落とす。そこに、赤い皮革がうねっている。ここは一番挑発的である。それでもどこか無理なく馴染んでいる。赤い色に象徴される情熱とか恋とかあるいは殺意とかも感じられはするが。


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