Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》Way in the Dark &SYOKUIN-SHITU-1
1/12(土)
昼はダンス、夜は演劇で楽しむ土曜日。
2つのステージに臨んで、ホントに自分としてこれがそれぞれの芸術体験としての原点だなあと、確認。。
アイホールで弘前劇場を見終わって、気がつくとGAPで昔買った帽子がなくなっていた。だから珍しくすーすーと頭に風が吹いて自分の年齢とか身体のくたびれかたなどを自然と感じつつ、家路につく。
神戸アートビレッジセンター。アンサンブル・ゾネ舞踊公演。Way in the Dark 闇の中の道。14:05〜15:05。構成・振付・演出:岡登志子。シアターX、愛知県芸術劇場と来て、ここが最後の公演。チラシがいつもはもっとダークグレーなモノトーンなのに、今回のは白い光のなかに、中年の男性のシャツが「赤く」、今までとはちょっと違うなと思っていた。
「闇」=モノトーンというステレオタイプではない。ただそのぼやけた背中の写し方が、いつものように声高には叫ばないアンサンブル・ゾネ的な光の使い方で、チラシによって今日の踊りの兆しをすでに提示してあったのだ。
舞台装置・照明プラン:岩村原太。終わった後レセプションがあって、そこで岩村さんと久しぶりに話す。蛍光灯を使った舞台装置(もともとは広島現代美術館の公演用に作ったもの)でやりたいと岡さんからの依頼があり、そのまま使えないのでアンサンブル・ゾネの練習を見ながらKAVCで岡さんとやりとりしながら照明プランが確定していったという。
岡さんに、元々どういう照明がいいかという原案があって(今回は一つ一つのシーンが短く、暗転というか闇が多く挟まれる作品)、それを実現するなかでの調整となったという。照明はかなり暗いものを岡さんは必要にしているらしくて、そのあたりのぎりぎりの明るさを保つためには二人のせめぎ合いということがいつも行われて実際のステージの姿になるのだそうだ。
舞台にあってフリッツ・シテェレの演奏を生で見れる(+聴き体感する)のはスリリングなものだった。クラリネットを吹くこともあるが、自分の息や身体が発する音の方が多いぐらいだった。
滑稽感もあって(「見てくれ」がどこにでもいる中年のおっちゃん姿なこともあって)、嬉しかった。クラリネットを演奏しながらくるくる回るのは、ダンスやパフォーマンスアートの分野に近くて、この人がもともと美術畑の人だったことがよく分かる気がする。
闇から始まる(夜見た弘前劇場は客席まで素明かりの中から芝居へと入っていくからその点とても対極的な導入だと思う)。息が丸めた掌とともに音を作る。11分間はフリッツ・シテェレ演奏が中心。そこにまず彼のたてるかなり奇妙な音のエコーが客席の背後から起こり、気が付くとうずくまっていた人物が動き出している。
でもそこにはまだ踊りを見ることの出来る十分な光が宿っていない。踊るためには普通しんどそうな下駄や草履を履いたダンサーがいる。下駄を履いたアンサンブル・ゾネというのはミスマッチでそれだけでかなりおかしい〜静謐なステージを積み重ねてきたわけだから。
と、ヒコヒコ、シュシュシュシュシュルルとやっていたシテェレが腕を使って機関車みたいに激しくなる。息を殺した笑い声が会場に密かに流れる。でも大笑いをしてはちょっとまずいだろうという良識がまたそこで生まれているのを感じている。声を出して笑うよりも、身体が面白さで微笑むというか開いていく感じがそこでは支配的だった。
明かりの中心は、ステージの後ろの方に出来上がった四角い、でも輪郭がぼやけた白い気体と液体が混じった「明かるみ」、きりのような。
それが、14:16にがらりと変わる。とても明るく感じるのは私の目の錯覚。でも、暗い明かりに慣れると光の性質の変化が通常の10倍ぐらい敏感になっている。
クラリネット吹きと赤い服の若い女。
伊藤愛が以前見た時よりもずっと存在感があり、きりりとしていた。指で床を示すシーンからの始まり。伊藤愛はますます岡さんに似ていると思ったが、ラストに岡登志子が重要なダンスを踊ったのを見たとき、くっきり二人の個性の違いがよく見える。
黄色いシャツで初め出ていたブラジル出身のファビオ・ピンク。彼もドイツのフォルクヴァング芸術大学でダンスを学んだ。岡さんの強みはやはりピナ・バウシュらがでたこの舞踊のメッカの大学とがつながっていることだろう。
ピンクよりも小柄な博英がいる。陰のなかなのではじめ二人の区別が曖昧だったのだが、足踏みを繰り返す松嶋のシンプルなシーンでクリアになる。インパクトがあって、ちょっと単純すぎるので滑稽感も出る。
だだだだだったった、トン。の繰り返し。体操、それも昭和10年代ぐらいの映像フィルムで見ているような。そうそう、山下残ぽい小型版駆け足というのもあった。
奥にある蛍光灯がついて松嶋博英が踊るのだが、その蛍光灯はステージの奥の方を意識するアンサンブル・ゾネらしく、客席の前後に吊されている。日本の額縁舞台ではどうしても平面的な構成になるから、それとの対比をするだけでも比較文化論的なエッセイが書けるぐらい。
ゴムの擦る音。ピンクは音が空中を舞うとその方向を探そうと空を見上げる。なんて素直な反応だろう。伊藤愛が背伸びをして上へ行く踊りを踊っている傍らで、ピンクが薄汚い感じの衣裳で屈んでうごめいている。クリアな対比。その対比が一瞬解消されて、ピンクが伊藤をリフトするシーンがある(モノクロームな踊りにおける「カラー」の一瞬)。
14:57。また明かりが変わって素明かり風になる。そのあと、ピンクの背後に岡登志子が踊っていた。ようやく彼女の本格的な動きが始まるのだろうと期待する。初めは背後で目立たない。しかしそのうちに彼女の伸びた身体の強靱さに目が奪われていく。「強い」というよりも「剛い」というのだろうか。
伸びる強度、しなる反発力が気持ちいい。
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