Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》rep-2=SHIGEYAN

304.
1/9(火)
北村成美のダンスマラソンVOL.2『rep-2』京都市東山青少年活動センター創造活動室

なにわのコリオグラファー“しげやん”【北村成美のダンスマラソンVOL.2】。「前略、お客様。今年も走らせて頂きます。」


前のダンスマラソンVOL.1では古い東山青年の家(もう解体されたのだろうか)で踊り続けていた。今度は影の相棒もいなくて、最新作『rep-2』を12回連続上演。チケットはスタンプ形式になっていて、12回それで見れるという。見る方だってマラソンおつき合いが可能なのだ。

さらに『しげやんダンスワークショップ』や『カラオケダンス大会』がある。カラオケダンスはうちのTAM研代表の佐藤さんが行きたがっていた。
(チラシに入っていた1/27の「なるほど ザ Ballet」のワークショップの面白そうだ。講師は「しげやん」と、バレエ&FUNKを両方やっている「やすなみずほ」。)

19時になって、京都市東山青少年活動センター創造活動室が開場する。農村文化を研究していた小鹿由加里さんや美術のみやじけいこさんが手伝っている。栗東市さきらの山本さんが来て、ここは初めてだけど車が駐車できて滋賀から近いから便利と話す。初日。

劇団衛星(3月の「絵殿」ではしげやんの振付が楽しみ)の奥田ワレタさんが、こたつ席に座っている。こたつ席にはミカンがあって客席なのにまた別の舞台みたいだ。清水くんは初めこたつに座っていたのに側面席に移っている。

実は、昨年10月にアジアコンテンポラリーダンスフェスティバルで観た『rep』は、北村成美としては平凡作という感じがしていたのだ。
そのもとの60分間の作品『北村成美のダンス天国』(6/5にトリイホールで観たもの)は、新しくまた作品を考えようとするエネルギーが溢れていて、水が床に溢れお腹には顔が描かれるは・・でとてもドキドキしたのだったが。

だから、しげやんでも百発百中でないんやなと思っていたのも事実。その再演だから・・・。19:33〜20:10。ところがところがである。がぜん面白くなっているのだ。

まず、照明(三浦あさ子、岸田緑)がクリアにダンスを形づくっていて、トリイホールで観たものよりも、メリハリがついている。
冒頭の背中と胸の自己合体はほの暗くて、色々なものに見えてしまう面白さ。小さいとき天井の板の模様が顔に見えたりお化けに見える、そういうかってな想像視覚を促してくれる。

それにロックの低音で座席がとても揺れて、ちょっと不思議な感じ。これも狙っているのだろうか。
冒頭とうって変わって、客席も含めて素明かりになる。黒いノースリーブのワンピースを着ながら、しげやんが客席の具合を覗くように上手から出ては引っ込む。客席にも、実際遅れてやっくる人がいて、ちょっとびっくりしたのではないだろうか。

その繰り返しのなかで、照明が楕円に区切られていく。動きも回るモーメントが出来ることによって、シンプルな踊りへと近づく。

裸足の足の動きを観ているととても面白い。足が生み出す音、そしてしげやんの息の上がる音。音楽になる前の身体から出たばかりの「生リズム」。それが重要な音響(高田尚史)となって、客席も一緒に回り出す。

音響のことを先に言ってしまうと、ラストのシーン(しげやんが床に寝てゆっくりと背中に転がる)で、ほとんど聞こえないぐらいの残響が施されているところにぐっとくるものがあった。あとは、子猫の人形の鳴き声。小さい動物の声には母親だけではなく、どうしても何とかしてあげなくちゃと言う本能的な聴覚作用があるみたいだね。

楽しくも狂おしいカクテルライトのなかの踊り。リズムに合わせたポップな踊りなのだが、それを極端にすると別の仕草に見える。たとえば、道路工事のお兄ちゃんがドリルで道に穴を開けているように見えて仕方がなかった動きとか。

この手法は、たとえばマンガを大きく点々で描くポップアートとかに通じるものだろうと思ったりする。こんてんさん「ポップダンス」。(「こんてんさん」というのは「コンテンポラリー(ダンス)」を難波トリイホール風呼び方。)

激しいダンスのあと、紐でなかなか前に進めない先ほど書いた子猫人形が舞台をちょっと和ませる。
19:48。白板にお絵かきコーナー。両手で音楽に合わせて絵を描く動きが踊りになる。いつも思うのだが、どうも筆記道具のインク切れになっていたらどうするのだろうかと。自分が講義で書こうとして書けないことがよくあるから、そんな心配をしてしまう。

もちろん、ここのシーンはお魚への赤紅口移しがクライマックス。しげやんの後ろ姿、とりわけ、背伸びした足の裏が愛らしい。そこからゆっくりとしたシーンでは客席が暗くなってぐっとダンスステージの集中が増す(はずなのに、ぼくはここでいつもちょっと違うことを考えてしまうのだ)。

でも、そんなよそ見(というかよそ想)も一瞬で、カクテル光線から記憶に鮮やかに残っている斜め明かりのシーンへと進む。
ムーディーな音楽と対照的な真剣さが後半は支配的で、手を広げゆっくりと上に上げる部分の影とともにある姿は、今年初めてのダンス鑑賞を祝福していただいたような気持ちになった。


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