Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》ALTI BUYOH FESTIVAL-4
アルティ・ブヨウ・フェスティバル公募公演、4日目。18:00〜20:41。4度目になるとアフタートーク(今日は高松平蔵さんと自分だけなので気楽な気分)を少し改良したくなる。
昨夜の問題は、円になって閉じた席の形になったために関係者以外が入れないことだった。そこで、公演ごとの間に入る影アナがずっとアフタートークの案内をしていることに気づいて、これに言葉を補うように事前に頼む。
つまり、途中で帰ってもいいから、いまのダンスに感動した気持ちを振り付けしたそのダンスの作者と語り合おうじゃあないですか!という案内内容である。これは、少しだけれど成功したと思った。4〜5人のお客さんが自由に感想をかたってくれたからだ。
もちろん、栗太郎さん(舞踏についての彼の考え方が聴けたし、Rosaゆきの舞台への批評は逆に賛同する方の発言を誘導してくれた)や、昨夜踊ったミスターヨギー君にはあらかじめ話してもらえるかしらとなにげに伝えていた。(ヨギー君が質問した音楽とダンスの関係は、ちょうど私も聴きたいことだった。特に今日はみんな録音したものだったので、カラオケダンスになるのかどうかは気になるところ。)
ただ、二人以外からも実にすごい感想が溢れてきたのが、すごく気持ちよかった。
つまり、幼稚園の送迎バスを運転する男性(もうすぐ70歳、Rosaゆきさんのエアロビクスの生徒さんでもある)からの愛情溢れる感想には特に心打たれたし、朗読をずっとしている女性が、きちんとした視点から、ダンスと装置の相反する関係などにも言及していた。老人臭(ノネナール)は甘酸っぱいタノシミのある匂いなのだとその初老の男性の口から自由なイメージと共に発せられると、ほんとにこれから加齢するのがタノシミになる気がした。
明日からまた平日のお勤めなどが始まるということもあって22時で終わるようにしたが、そのなかで、舞台スタッフへのケイ・タケイさんからのお礼もあったし、京都府庁の人たちがずっと見守ってくれたことも紹介できたと思う。
1)神澤創作舞踊研究所(奈良)『Ever,Forever』28分。客席から白い体操服みたいな大柄な男が登場する。ちょっとカニングハムみたいだが、動きがもっと単純で直線的。音楽が西洋クラシック音楽(歌曲かオペラ)で、それが神々の黄昏という感じで創作の哀愁を感じる。オリンピックのうつろな壮大さ、特に開会式でのアトラクションとかを批評的に連想させてもらえる。
2)鎌田牧子(兵庫)『ふりかえる 椿が赤い』。22分間。高松さんが隣の席で、彼女は実に誠実な舞踏家だという。大駱駝館に在籍当時からずっとノートを付けていた人だそうだ。実は、アフタートークでもノートをとっていた。舞踏は本当に言葉を大切にするダンスである。もちろん説明的な言葉を突き抜けた言葉だけれど。
山頭火の俳句をタイトルにする。音制作:本多直美。東欧的なバイオリン音。1)との対照が鮮やかに聞こえる。撓めた曲線的な動き。下手の大きな柱(壁)の装飾の一部になっていた白い彼女が抜け出してくる。上手から赤い布が落ちてくる。
腰のバネが気持ちよい。
音が止む。息づかいのみに。無音で浮かび上がる彼女のからだ。
ラスト、赤い布を持ったままほっとしあような顔が半分素顔のように見えて、それはすごいことではないかと興奮した。舞台上で素顔をあえて出しているように見せつつ、至福感へと変貌させる。まるで脱糞したときに浮かぶそんな顔だった。
3)The Ash Dance(大阪)『ためらいのダンス』24分間。片上守(振付も)と布谷佐和子のデュオ。年季が入っている。3拍子の曲が選ばれている。打ち込みの曲でずっと今風に。よく動く二人。無音になって、舞台の外に出る辺りがいろいろと考えさせられた。無音のときに見せる二人の身体が、ダンスから外に出ようとして、ちょと持て余しておるように見えたからだ。
4)SUB ROSA(京都)『ノネナール』24分間。Rosaゆきが車椅子を押して上手奥にその車椅子を置く。彼女が老人ホームでケアしているときに出会った高齢者と自分の関係をダンスにしようとするもので、おお、と思う。加齢臭をノネナールというらしい。子どもの時お習字を習っていた井手先生のお座敷のにおい(大豆が煮られているようなにおい)を思い出す。
京都芸術センターでこれが創られていたと思うと何か必然性みたいなものが感じられるし、どこまで生活誌に止まらずに作品として結晶化するか(あるいはするべきか)ということを考えることになる作品となった。何気ないフード付きコート姿での登場。そのあとワンピース姿になる。
顔に乳液をいろいろ塗り立てる。香水、オードトアレ。自分の匂いが気になるのだろうか。それとも痴呆になると幼児が戯れるのと同じ遊びが回帰するから、このシーンが出てくるのだろうか。
映像がホリゾントいっぱいに映される。そういえば、映像を使ったダンスはいままでほとんどなかったかも知れない。
うずまきがあったり、空が映ったり結構雄弁な映像だった。椿の花もあったかな、犬。
後ろ向きの車椅子にのる。後ろ向きというのがいいと思った、きちんと理由を言えないけど。
5)much in little DANCE(静岡)『The One What We Want(Part 2)』14分間。振付:鈴木可奈子。途中にストリートダンス風の3人のシーンがあって、みんな地方都市の夜中にラジカセ持って、オフィスのがらんとした1階の硝子戸に映る自分たちの踊る姿を観ている光景を目に浮かべた。静岡というと県立の文化施設でやっているダンスについて連想するが、どうも彼女たちは無縁のようだった。
6)河合美知子『会いたくて Want to do・・・・』23分間。情熱的な音楽。カンツオーネみたい。劇的な世界が、批評的なひねりを入れず即自的に展開する。抱きしめて、無闇と足をいっぱいあげて。「無闇」ということばは、闇が無いということで、これは深い言葉だと思った。
「こぐれ日記」の扉へ
無断転載禁止 掲載:アーク編集室