Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》ISHIBASISHI Miyuki

326.
3/7(木)
『石橋幸〜ロシア俗謡を唄う!』拾得(+石塚俊明、後藤ミホコ)


また寒さが戻ってきた。拾得は内容に比較するとちょっと寂しい客席。でも踊り出す人もいて幅広い年齢層だ。渕上純子さんの顔もあって、共通する音楽の水脈を感じる。
『石橋幸〜ロシア俗謡を唄う!』出演:石橋幸[タンコ](うた・ギター)、石塚俊明[from頭脳警察](パーカッション)、後藤ミホコ(アコーディオン)。19:17〜21:31。

「昨年に引き続き、今年もタンコのロシア俗謡が関西にやってきます。後藤ミホコが新しい活動を始めるため、この組み合わせは当分見れません。是非珠玉のロシアアンサンブルをお楽しみ下さい。なお、名古屋は後藤ミホコに替わり、金井太郎が登場します」という案内がオルペコ企画の岸田コーイチさんからメールで届いていたのだ。

悲恋や片思いにかぶさる形の監獄の歌、囚人が娑婆を思う唄がなぜか多い。亡命の歌もありこれも監獄みたいな場所での唄。ほとんど短調である。張りのある深い声と1曲ごとはコンパクトな演奏時間。無駄のないアコーディオンの伴奏とパーカッションのさりげない飾り(あるいは、歌のなかで歌詞にならない気持ちの流出が石塚のパーカッションとなる)。ロシアとジプシーの深いつながりも感じられる。

石橋による丁寧な解説が1曲ずつついて、ロシアの歌の幅広さが声の魅力とともに伝わっていく(東京では日本語字幕を映像で流すそうだ)。ロシアの多面性を感じて欲しいという。当たり前だけれど、地球上どこの地方でもにはいい人と悪い人とがともにいるのだから。

聴覚の楽しみとともに、ソヴィエト連邦時代に許されていた「ロシア民謡」(ソ連を賛美するものか帝政ロシアを悪くいうものに限られていた)と、ここで歌われた「ロシア俗謡」の違いを通じて、国家が管理する歌謡ということをも考えさせられる。これは政治と文化、あるいは国家文化発信(情報操作)としての文化政策の大切な研究素材でもある。

1)オディッサの監獄から。囚人二人が脱走する。温々といい思いをしている人への恨みあるいは批判の気持ち。
2)私のせいなのね。ちょっとおバカなおねえちゃんのうた。バイカル湖のそばの人たちに会い、そこのおばあさんに教えてもらったという。初め声が可愛いというよりもコケティッシュな感じになったり、する。

3)マルーシャ。マルーシャという女の子が服毒自殺を図る。太鼓が寂しくドンと鳴る。強い寂しさとでもいうのだろうか。語る声は自在。ちょっとアニメぽくもある。
4)パン売り娘のうた。クロワッサンみたいなパンを売る娘。父はアル中、姉は淫売、弟はスリ(母はなんだったか)。お涙頂戴と思いきや最後は強く訴える。「口説き」である。

5)まちのうわさ。ジプシーの曲とロシア民謡のいい感じの融合。身分違いの恋だろうという。ライライライ。
6)小さなグミ。グミの木と樫の木が恋をする。歌声運動からあった「ロシア民謡」の1つ。

暗いですね。でも光があれば影があるんです。体の中は闇でしょう。闇がなくちゃあいけない。7)異国を行くわたし。言葉がまったく違う異国のなかで、雨音だけは同じ雨音だ。亡命ロシア男が女に忘れないでと訴える。ちょっといい歌詞だなあ。
8)トロイカに乗って。「かなしき天使」という題名で森山良子が歌っていたが、その元曲。でも、昔聞いたイタリア人の歌声よりもっと分厚い声、音楽の質感がまるで違う。手拍子が似合う。

休憩。
9)ガンキノホロー、後藤ミホコのアコーディオンソロ。ブルガリアのダンス音楽でロシアのセミューロフという作曲家に習ったものだという。お客さんが踊っている。11拍子。3拍子と4拍子が組み合わされていると思ったらいけないのだろうか。

10)マダムバンジャ。ルイという人がバンジャの虜になる。それで、囚人へ。「フイ」というロシア語で男性性器を示す言葉がかげにあるから面白いのだそうだ。
11)死刑囚の歌。時の権力者が罪人を作る。

12)チュープチック。前髪という意味だそうで、シベリア抑留のために、男は前髪を切って坊主になった。
13)百万本の薔薇。20年前のロシアのはやり歌。アーラさんとかいう人が歌ったそうだ。旅の踊り子と絵描きの恋。
14)あらし。夫が浮気しにいくのを、妻が黙って見送る。外が嵐のように、私の心も嵐なの。怖い歌。石塚さんも怖がっていた。

15)カラス。兵士の歌。
16)ジプシー娘の別れ歌。鳥が降りてきたかと思ったら、ロシアのジプシーたちがざーっとやってきた。その鮮やかな色彩を彼女の体験として語られると、歌われる歌詞が分からなくともイメージが広がってくる。MCの大切さを特にこのライブでは確認できる。

17)黒い瞳。ジプシー女の瞳の色はまた日本人とは違う黒なのかも知れない。
アンコールは「さすらい」。日本語の歌が歌われた。大正時代に作られた歌という。


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