Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》mikangamu&kampai



341.
4/27(土)
みかんがむLucky 7 stage『四月はお茶会(症候群)』プラネットステーション
4/28(日)
劇団乾杯『り』ジャングルインディペンダントシアター

:4/27:森ノ宮プラネットステーション1Fパブリックスペースへ。【みかんがむ】Lucky 7 stage『四月はお茶会(症候群)』19:05〜20:17。作/演出:森美幸。4階でも別のところのお芝居が催されていて、来たとき間違ったかと思った。

そうそう、ある芝居を見に行ったとき客演女優の後ろにかっこがきで「みかんがむ」という劇団名がついていて、名前とかに惹かれるところもあり気になって来てみたのだった。

大事件がまるで起きないような劇団名である。そこでのお茶会というのはちょっと懐かしげなテイストを入れつつあるいまどきの「カフェ物語」なのかなあと思ったら、もう少し古風な女子寮での話だった。

古風といえば、最近はひとときはやった開演前の役者の登場という舞台がめっきりみなくなったので、有沢(力武英恵)が始まる前にエプロン姿で登場して、吊された椅子の下にある電球を灯して退場するのを見たら、ちょっと懐かしくなった。

つまりは静かな演劇の流れを汲む舞台だとまあ言える。
最近は「静かな演劇」ブームが過ぎ去ったということなのか、無闇と大げさな照明や美術や時代展開などを多用して、表面的には豊かだけれど、すでにある物語を繰り返すばかりで身内受けに終始するバーチャルな世界の焼き直しに止まっているものが目に付く。

その点、この舞台は静かな演劇が開拓した要素をとりあえず学びつつ、自分たちなりの方向を模索している姿が感じられた。
ただ、ちょっと不自然な(リアルでない)入り方をする役者もいて、それがキャラクターづくりなのか、ただせっかちな独り合点なのかが分からないけれど、脚本もきめ細かく緻密に人物の関係を書き尽くすタイプでもないようである。

つぶされることになった大学女子寮(引越前の感傷がほぼ同時に女子寮の複数の人たちに襲う)、そのずっと使われていない部屋。大学演劇部の有沢が飾り付けをして、深夜のお茶会の場所になっている。彼女たちの個室とは少し離れているようである。

つまりは、静かな演劇がよく舞台にするプライベートとパブリックの中間的な場所設定である。

有沢が慕っている寮長の伊咲(吉村麻耶)がこの空き部屋を確保したらしい。有沢は後輩なので、先輩たちには敬語を話すが、彼女は様々なお茶を入れることで伊咲を身近に引きつけておき、それ以外の人たちとの関係ではけっこう強引にここを取り仕切っているようにも見える。

この舞台で展開されるのは、女子寮に住んでいる(一人はもう引越している)人たちの心模様である。男性ともつき合っているが、女たちの関係に焦点が合っている。登場人物6人がみんな女子寮の学生だからでもあるし、女性ばかり(らしい)劇団の関係でもあるのだろう。

過去からの先輩後輩を引きずっている二人(大学では同期になっているというのも微妙な関係のねじれを生じたりする)はじめ、いじめられっ子のその後など社会的な問題も散見はされる。が、唯一の事件は、みんながばらばらになるのだけれど、一人それが海外留学で早まってしまったということぐらいであり、諦観的な終わり方になっている。これもいまの時期のこの劇団の素直なありようなのだろうが、その閉塞感だけではまだまだ道は遠い気もする。

:4/28:地下鉄恵美須町すぐ(少し迷ったけれど)のジャングルインディペンダントシアターは、実に賑やかな電気街の裏側にあった。
ここは、自主映画の拠点としてよく知られていて、お芝居を打つところでもあると聞いていたが、やっとこの場所に行くことが出来た。実は、ぼくのこぐれ日記を読んでいる役者(河野美苗)さんがそこで公演をすることになったというメールをいただいたから行けたのである。

劇団乾杯『り』(Re[ri])13:03〜14:25。。劇中に大和川とがが出ているし、協力に堺市立青少年センターとあるので、大阪南部の人たちのよう。作・演出:山本握微。あくびに戻して変換してみると、「欠伸」「悪日」、ついでに「あっ首」・・名前からして言葉遊びが好きそう」な人である。7名の役者が登場するが、月光飯店の出前(すもも)役をしていた河野美苗は客演という。

『そういえばあったね。そんな言葉も』。どうも半端ではなく言葉遊びとそれを絶妙に操る少年王者舘が大好きな人たちのようで、名古屋まで行ったりもするそうだ。もう、少年王者舘の影響を受けて、というか、少年王者舘光線を被爆している自分たちを祝福するように王者舘ワールドがそのまま展開する。それが全然嫌みでないのは、役者たちの役得なのだろうが、客席にいた王者舘体験のない若い(中高生みたいにみえる)人たちにそれはどうだったのだろうか。

言葉を文字にして提示する癖。
『言葉の鑑賞、身体の読書、時間の微分、倫理の画策、虚構(このあたりから水に濡れたみたいになっている。脚本自体も水に濡れて損傷が激しくなったということになっていて、そのお詫びがホリゾントにあったりする)』。それにしても無料というのにはびっくりした。

舞台美術は、貼り紙禁止の貼り紙も貼ってある2つのボードのみ。幾何学の問題が反対に貼られていたり、不動明王の教えがあったりする。言葉や世界認識のバラバラの断片。ボードには案山子が立てかけていて、それが小道具になったりはするが。小道具にはミシンもあり即座に「身心」という何やら意味深な言葉にもなる。

筋はといえば、地球の回転が止まってかなり昔もちょっと前の昔も今も未来も一緒にある場所に集まってしまったというところで起きる出来事ということだろうか。この芝居の1ヶ月前の練習場所での白昼夢という体裁があるようなないような。

演劇についての演劇という面ではプロジェクトナビのduck soapを観ている感じもして、どちらにしても名古屋に縁がありそうなお芝居だった。まず、題名もあまりにもシンプルすぎてやっぱり変だ。変だといえば、登場人物で一番変なのは移動本屋(大名光全)かなあ。「純粋異性批判」は、彼が書いた本だ。

昨日を集める帰納法と演劇で行う演繹法。自ら水から出来ている。歯槽膿漏、シーソー、思想の1連の続きもの・・・言葉遊びに毛が生えたようなねたも細切れに面白いものが続々。たとえば、ときめく=時をめくる:「カレンダー」(可憐なひとだ)に恋した男などなど。公園での片隅で開かれる「しゃぼんだま学会」というのが個人的に好きだ。


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