Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》OZAKI.Yutaka&the
blue hearts
コンソーシアム京都のアーツ&セラピー論は私の番。癒しのロックンローラー尾崎豊の死と、(色々あったのだろうが)冗談のように10年で解散したザ・ブルーハーツがテーマ。ライブ空間における疑似宗教的一体感や、疑似共同体意識のようなもの、あるいは小さなライブハウスと大きな会場の違いなどを映像で見てもらおうと思った。
森岡正博の「宗教なき時代を生きるために」を導入として使うのは去年と同じだが、今回は、生きる意味や自由について語る部分では共通性がある2つの対照的なライブ画像。それを比較しつつ鑑賞して、何かを感じてもらえればと思った。死んでしまった尾崎豊の悲劇や問題点を云々するのは卑怯な感じもないでもないが、ある時代における音楽と若者社会心理、そこにおける癒し癒される関係の特徴を考えるのには、10年経ったいまだからこそ可能なようにも思う。
どうしてもザ・ブルーハーツの方を多く紹介したくなるけれど、ようやく照れず直視できるようになった尾崎のライブも3曲ほど流す。高いところに上って後ろの二人の人に支えてもらいながら、イエスキリストを意識した台詞を言う場面から、ギターや電子ピアノの弾き語りでけっこう心にしみる場面を選んだ。以下、受講者の感想を少しピックアップする。
@・・自由でいたいのに、カリスマとか一人の支配を求めてしまう、そしてその中で「自由」を感じるなんて、この矛盾した仕組みはなぜなんだろう?と単純に疑問。・・なんやかんや言っても「ライブ」はイイですね。やっぱり。打ち合わせしていないのに、みんなが同じようにシンクロする気持ち良さ、これは“動の癒し”ってやつなんでしょう…。
@表現者が表現を通して癒されていくのだろうが、受け手を意識しすぎるとだんだん苦しくなっていくのかもしれない。アーティストに限らず、何でもいえることなのだろうけれど…。
@ブルーハーツはここ何年前からか好きになり、よく聴いています。いつになっても伝わるメッセージ性がやはりすばらしいと感じます。なんというか、カッコイイ。うん。死なない。死にません。死にたくないです。・・・ラジオ、たまたまきいていました。本当に。NHKFM、ミュージックスクエアですね。中村タカコさんのDJの。…あれが解散なんて知らなかったです。ビックリ。
@(尾崎豊を見ながら、X JAPANを思い出したという学生や、いまは浜崎あゆみぐらいだろうが、尾崎やブルーハーツみたいな連中はいないようだと現在を考える学生などが多いなかで)一体自由とは何なのでしょうか。自由になりたいと思いました。10代の頃のことです。いまは、自由とは何なのかということをすごく考えてしまいます。自由=幸せだと思っていました。けれどもいまは自由が幸せなことなのか、私にはわからなくなっています。ブルーハーツも尾崎ももういないけれど、いまでも「いる」んだなと思います。私にとっては、それが“Mr.Children”です。彼らがいつかいなくなってしまったとしても、私の中にはずっと「いつづける」と思います。(ミスチルが自分の支えという受講者は他にもいた)
@歌を“癒し”の一つとして私も思っていた。その代表の一人が尾崎豊だと思う。…人のできないこと、心の奥底で人が望んでいること(マニュアルや世間体をきにしないで)を巧みに表現していると思った。それは人の心にガツンとくるし、ドキッとさせられる。自分の欲望を自分のかわりにかなえてくれるとファンに期待されるのもわかった。しかし、不特定多数のファンからの癒しの願いをひとりでひきうけてはいけないと思った。ファンの苦しみや絶望などの重荷をひとりでうけいれていると思った。それが尾崎を死(←「ファンの完璧な癒し」)に追いやったのだと思った。自由を求めるあまり本当の音楽(音を楽しむこと)をしていないと思った。
@演歌ですね。正論を叫んで酔っているように見えました。聴衆も歌い手も、特に聴く側。残念ながら、尾崎豊は器が無かったのかと思いました。(始めてこの授業をうけた美術系の学生。この学生以外に数名、あまり興味がないというコメントもあった)
@尾崎豊やブルーハーツの音楽をきいていると時がとまった感じというか、回りが見えなくて尾崎やブルハの中に入りこんでしまう状態になる。歌詞にすごく共感できるのもあるし、本人たちの力がすごく伝わってくる。そこに癒しの力があるのだろう。私はブルーハーツのファンでもあり、ハイローズのファンでもあって、ハイローズのコンサートも2回ほど見に行った。でもヒロトやマーシーのビデオでの姿を見ていたら、やっぱりブルーハーツの時の方がすごく楽しそうだった。
@最近は「癒し」という言葉がとても簡単なもののように扱われているので、そういう意味での「癒し」という言葉は嫌いなのですが、今回の授業でやっぱり「癒し」とはそんなに軽々しく口にできるものではないし、自分が誰かを「癒し」てやる、やれるというような意識をもつことが、一番怖いな、と思いました。それくらいならむしろ、自分を癒すために何ができるかを一番に考えた方がいいと思います。
@最後に「みんな死ぬなよ!」とブルーハーツが言っていたけど、「自分を強くもっていろよ」ともきこえた。この人は、自分をしっかりもって、強い人なんやと思いました。どの分野であれ、人を癒す仕事の人は、自分を出して、他人の事を感じて、強い意志を持ち自分をしっかり持たないといけない。そのためには自分を分かる事が大切だと思いました。
……
まだまだ、心に響く感想を書いてもらって、これは私の力ではもちろんなくて、引用したテキストやビデオライブの力なのだけれど、授業はアーツと受講生をうまくつなぐ媒介者としての仕事だなあと思いつつ大学へ向かう(終わってからもなかなか興奮が冷めずに、ずっと私に語りかけていた学生たちがいた)。
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