Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》la grotte by MINATO Chihiro



343.
5/4(土、休日)
港千尋『洞窟へ〜心とイメージのアルケオロジー』

今日も何もしないことにした。それでも本は読んでしまう。休日という洞窟で自分の瞼のなかの光で読んだ本。

港千尋『洞窟へ〜心とイメージのアルケオロジー』せりか書房、2001.7。洞窟壁画を中心とした「先史(旧石器)芸術」を巡る論考。ネガティヴ・ハンドの謎、美術の起源にあるプロジェクションの神話、ニューラル・ダーウィニズムなどなど興味が尽きないテーマが溢れている。ただ忙しいときに読むと脈絡をつけるのに難儀する部分もある。

2つの洞窟がその入り口である。
まずは、1991年に南フランスの地中海海底で見つかったコスケール洞窟(アンリ・コスケールの発見)から始まる。2.5万年前ぐらいの壁画。ラスコー(1.7万年前)、アルタミラ、ニオー(1.3万年前)などの有名な洞窟壁画に描かれた馬やビゾン(絶滅した野牛=バイソン)のほか、アシカ、ペンギン、魚、クラゲなどの水棲動物が多数発見。

さらに、1994年には、アヴィニョンの北にあるアルデシュ渓谷の鍾乳洞から、ショーヴェ洞窟が発見される。炭素同位体による年代測定が行われて紀元前3.1万年といういままでの通説を覆す結果が出たという(内容は略)。

そのあと洞窟壁画を少し離れて、創造性の話へと広がっていく。
一般には「無から有を生み出すこと、新しいものを作り出すこと、模倣の反対概念」が創造(クリエイティビティ)の定義と思われていて、先史芸術をその創造の起源と見るのが通説。でも、本当に未知な新しいもの(ノヴェルティ)なら、発見者すらそれを認知できないではないか?という疑問も生まれる。

そこで、「新しさ」とはそれ以前に存在しなかったということではなくて、「別の文脈やカテゴリーと結びつけられ、複雑な事象がきわめてシンプルな形で表現されること」だという考えが生まれる。つまり「創造性とは、二つ以上の、以前は無関係であった技能や思考の枠組み(マトリクス)が、突然連動すること」(アーサー・ケストナー)という定義になるわけ。

認知科学によれば(新しさという紛らわしい言葉を避けて)創造性とは、「概念空間(コンセプチュアル・スペース)の探究と変形」’マーガレット・ボーデン)となる。概念空間の例としては、「将棋のおける、盤と駒の形態や駒の動きと規則を含む、将棋というゲームを成り立たたせている概念の総体」がある(ある棋士が創造的だというのは、概念空間を誰も気づかなかったやり方で探究し、常識的な形を変えることに成功したということ)。

さらに、芸術の分野では「油絵を描く」のでも「ピアノを演奏する」のでも、それらの活動を成り立たせている概念の空間があって、「概念空間の変形は、他の概念空間に存在している知識や方法が導入されたり、結びつけられたりすることで起きる」という。

創造的な作品づくりのために他ジャンルとのコラボレーションをよくするのは、離れている概念空間を出会わせるためだし、シュールレアリズムの手法も(無意識と意識の結合という面を強調しながらも)勿論それと関係があると思う。

ただ、港千尋がその次に考察する部分、つまり、1つの概念空間の回りにある外部性=環境との関係が創造性と大きく関係する構造に私はより興味がある。つまり、「社会的知能、博物的知能、技術的知能」の3つのモデュールにおける認知的流動性(認知考古学による創造性の定義)の議論で、それとアウトリーチが関わるような気がする。

ブッシュマン(サン族)との比較の話が後半の焦点。シャーマニズムが先史芸術とどう関わっていたかは解明できない点が多すぎるが興味深い度合いも高い。とくに、「内在光 ENTOPTIC」のパターンとサン族の岩絵、そして旧石器時代芸術(動産芸術=骨などに刻まれたものと洞窟芸術)に共通して出てくる「グリッド、平行線、ドット、ジグザグ、巣状、網の目」のパターンについては、これ自身なかなかに創造的な研究を紹介している。

内在光とは、目をつぶり瞼を軽く押したときに現れるパターンであったり、眠る前に瞼を閉ざすと現れる光のこと。
自分の子どもの時にも、眠りにつくとき、天井の模様を見たり布団や毛布の波打つ様をみたあとに目をつぶってもまだまだそれらがかってに追っかけてくる不思議に浸ることが多かった。芳江に聞くと、幼いさきも目をつぶっても光の電車がやってくるとよく言っていたという。

けれど、それはたぶん10万年以上前の人類もそうだったわけで、それが3.5万年前になると、地球における瞼の裏みたいな洞窟にそのパターンを人間は描くようになり、それをきっかけに馬やピゾンもそこに出現し、半獣半人像も奥に描かれるようになったと想像すると、それらを「創造」と名付けることの雄大さに目がくらむ。そして何も変わっていないことの驚き。

ぼくのことばで書くだけでなく、最後に作者自身のことばで締めよう。

《洞窟とは、身体である。環境との相互行為としての運動が、身体と環境を結びつけ、分節し、物質的な想像力を取り込みながら、物質的境界を超えてゆく運動となって、次の運動へと連鎖してゆく。オーリニャック期(つまりショーヴェ洞窟壁画を始まりとしてコスケール第1期壁画の頃/小暮注)の人間は、洞窟のなかでその肉体の限界を超えて時間的に空間的に拡張しながら、概念空間そのものとなり、変形と反復のなかから、壮大な記号体系をつくりだしたのだ。この「運動」と認知的流動性は、根本においてひとつものである。死すべき存在でありながら、その限界を超えて「運動」を継続してゆくことができるのは、彼や彼女が生み出した概念空間が、それを受け取る者のなかに新たな認知的流動を生起させるからであり、その連鎖はわたしたちが「伝達」という平板な言葉でしか知らない、実は複雑で予想のつかない営みのことなのだ。》


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