Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》SETTLED
WATERS-1
いま住んでいる八幡市からは結構近くなのに、電車では淀川をまたげないため、案内をいただきながら出かけていなかった大山崎に行ってみようと思いたった。
『水の流れ、水の重なり SETTLED WATERS』という須田悦弘(すだよしひろ)の企画展がアサヒビール大山崎山荘美術館にて6/4から始まっている(終了は9/1。大人600円だが、ホームページからプリントアウトすると100円引きになる)。阪急四条河原町経由で大山崎駅に着く。近道はすぐに分かる。JRを越えて直線距離はそんなにない。問題は急な坂。
だが、回りの環境がいいから苦にはならない。この建物(1912に着手して1932に完成)を自分で設計したという加賀正太郎の末裔のお宅だろう「加賀邸」を通り過ぎ、カエデの小さな緑の葉っぱを観上げながらいくと、すぐアサヒビール大山崎山荘美術館に着いた。
すぐに入らないで回りの景色や屋根の形などを楽しむ。下にも庭があって子どもが遊び睡蓮の池がある。入り口付近から、睡蓮が咲く池のある庭を覗いてみる(この時は、ここからの眺望からしか池の岩に置かれた須田作品は見えないなどということが待っているとは全然想像も出来なかったが)。
ちょうど駅からの送迎バスが到着。年輩の人たちに混じってぼくより若い人も乗っていたが、坂を上ることで下界から離れる気持ちが醸成されるから、歩いて正解だったかも知れない。ほとんどの人は現代美術の鑑賞が目的ではなく、この本館コレクションや新館のモネの絵画を楽しんだあとに本館2階のテラスでお茶を楽しむ一行のように思える。
意識的に作品を探す人はごくまれ。それでも、須田悦弘の作品の所在について、そして、それが美術作品の展示としてあるということに気づくきっかけが、何げに生まれた会話から生じたりもする。だから面白い。そして、この展示の存在をびっくりしたり、不思議がった訪問者たちが残りの個所を自発的に探し出す。そんなことが、私が見ている間だけをとっても少し実現していたのである。
例えば、新館へいく安藤忠雄らしい打ちっ放しの階段を下りていく間に3つの作品が設置(インスタレーション)されているのだが、本物は違うとモネの睡蓮(という美術作品の有名さ)を鑑賞しに来た人はまず気づかない。
今回はガラスケースに作品がなくて寂しいねと話したと、私がたまたま会話した二人の中年女性(ここへはちょくちょく来ている感じ)も言っていた。もちろん、私の教えたがり的チャットによって、彼女たちも帰りにはケースのすみに置かれた須田悦弘の木彫としてのの「小枝」を楽しむことになったのだが。
モネの絵画が丸い新館内に飾られている真ん中に須田悦弘の木彫が置かれている。黒い円が深い池の水面のようだ。靴を脱いで座って作品を眺めていると女性二人組がちょっと興味を持って、入り口で覗いている。どうぞ、ここにも作品があるのですよと言う。
なお、安藤忠雄設計のこの一見無駄のような階段を降りると自分が降りることで生じる足音がすごくする。だからずっとおしゃべいしていた人たちも気を使うようになって、鑑賞する態勢づくりになるようだ。ただ、仰々しくない感じでおれをデザインできたらもっとチャーミングなのだろうけれど。
ぼくが座って顔を近づけて眺めている(少し臭い演技をしているなあとは自覚していたけれど、まあこれも「アウトリーチ」?)ので彼女たちも座る。これって木彫らしいのですというと驚く二人。そのあとはトップライトから落ちる初夏の光に見守られて静かな時が流れる。
そういう「宝探し」的わくわくさと美術を観察することの楽しさのおかげで、ささやかな交通が出来たことが今回の一番の収穫。もちろん、私が、須田の作品を探すという過程自体に魅了されたことは言うまでもないが(続きは次の「こぐれ日記359」で報告します)。
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