Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》SETTLED
WATERS-2
アサヒビール大山崎山荘美術館の入り口では、A42つ折りのリーフレットが渡され、そこには須田悦弘の略歴や加藤種男「こうして自然を見る目が変わる」という文章のほかに、地図上に作品の設置場所が記されている。
まず、尾形乾山の「百合図」とともに置かれた須田の木彫作品「百合」は一目瞭然である。キャプションはないが、存在感があって壁からにょきっとでていて、余り違和感をかもし出していない。
が、対極的に「雑草」の方は3つとも見つけにくいところにある。その中でもテラスの先にあるとされた「雑草」が分からずに初めから睡蓮のお庭をとても詳細に観察する羽目になる。置物のようにじっとしていた亀がのそのそ池に入る音。トンボは確かに水と空をつなぐ使者の色をしている。
風が余りなかったせいもあってじっと止まった時間のなかにいる睡蓮の花も葉っぱも岩の雑草も、みんなそれがフェイクな作品に見えてきてしまって、ここで自分は何をしているのか、何を感じているのか、ここはどこだったのか・・・すべて分からなくなっていた。
《水の流れ、水のたたずみ、水の重なり、往古の歴史と建築、そこに、須田の作品の持つ、たおやかな花の姿、ひそやかでささやかな草花の鼓動の系譜》(チラシより)・・・
すると、女子大のゼミだろうか、女性教員がせわしく説明するなか、ざわざわ動き回る女性たちの集団が乱入する。すべては現実モードに替わる。その庭が一瞬にして見学コースの一つになる。つまり、ここが博物館の歴史的資料モードと変身する。つい、声をかけようかとも思うが、同業者の引率の女性の先生も大変そうだし、現代美術には関心がないかも知れず邪魔をすると悪いのでやめておく。
それよりも見つけなきゃ。
告白するとこのお庭の作品(「雑草」)については建物のテラスからでは見られず一旦入り口を出て庭の入り口(通行禁止)から眺めると見つかることを、2階のカフェの人に確認して最後にやっと見つけたのであった。
本館2階の「葉」の薄さについてひとしきり語り合った60歳代の夫婦(二人も意識的に探していたわけではなかったが、百合の存在から幾分興味がそちらに移っていたようだった)がどうしてもその「雑草」を見たいというので、一緒に見る。
随分時間がたって、でも見えないと二人がいうので、これですよねとぼくが指さすと、でも確証はあるんですか?とまだ疑っている。そういわれても作者じゃないし加藤種男さんに聞いたわけでもないから断定も出来ず、なんやかや傍証を出したりしてまた会話が弾む。真剣に面白がるってこんなことなのだろう。
カフェのテラスでビールを飲み下で遊んでいる子どもたちを眺めていると、件の女子大生たちが記念撮影にやってきた、先生を囲んで。うちの学生もそうだが、どうしてみんな一斉に「ピース」の2本指立てをするのだろう(先生はしていなかった)。いつから始まったか。少なくともぼくたちの子ども時代(1960年代)にはなかった。記念撮影の定番だがルーズソックスぐらいに奇妙な風習である。
想像するに、この女子大生たちご一行は、民芸運動研究とか生活デザインの講座の一環なのだろう。現代美術をついでに見る暇はないし、気づいても団体だとなかなか足を止めることも難しいからそれは仕方がないことなのだろう。
バーナード・リーチ、河合寛次郎などなどの作品が置かれた本館には、オルゴールとか古い時計とか、昔の洋風お風呂とか面白いものはいっぱいある。それだけでわくわくする建物であることも確かだ。
大山崎で足の衰えをつくづく感じたので、転ばないようにヘップファイブで履きやすいシューズを買ってから、築港赤レンガ倉庫へ向かう。
「アントルポッの午後」の2回目。細馬宏通(滋賀県立大学・コミュニケーション論)さんのレクチャーである。『幻燈部屋-私的投射論-』。17時すぎから19時前まで。あとは「ポッ」(気楽なパーティ)でくつろぐ。
2回目だが、土曜日の夕方、ビールを片手に大人の知的楽しみのために集まる場所って感じが漂ってきている。風がよく通って事務所よりもずっと気持ちいい。幻燈機の歴史。それも活動写真によって廃れてしまったあとの時代、現代に近い頃までのミッシングリンクを探す話。
前からの投射はファミリー参加型で、後ろからの投射はプロの作業。ブラウン管にも分厚さがあったときはその後ろで小人が投射していたと思うことも出来たが、液晶壁掛けになったいまはそれすらも想像できなくなった。
そんな歴史類型の話も興味深いし、宮澤賢治「やまなし」などの文学や九鬼周三の思想について、「幻燈」(という視点)から照らされると見違えるような姿を現すということにも鮮やかな驚きがあった。当時宮澤や九鬼らの作者たちは幻燈を体験していたので、その体験を知っていることで理解が格段に進むというわけである。
実際に、幕があって投射機がセットされ(機関車みたいな形をしていた)、そこで幻燈が行われて、細馬さんから口上が述べられる。そのときは倉庫の扉を閉める。こんな授業をうちの大学でも彼にしてもらって、たとえばたちばな軒先劇場で投射できたらいいなと思ったりする。
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