Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》Higashiyama
dance festival*2-1
慌てて東山青少年活動センターへ向かうが、公演の合間にロビーなどで行われるミニパフォーマンスは終わったところだった(18時着)。ぬいぐるみを着たセレノグラフィカが汗を拭いていたけれど、彼らもここで踊ったのだろうか。
ただロビーではそのときはよく分からないダンスの映像が映っていて(本番のあと、竹ち代毬也さんが東山オクラホマミキサーの関係だと話したのでもちろん分かったが)、ここには京都を中心に関西の主なコンテンポラリーダンスの面々が多彩に集まっているなあと見渡す。「現代歌謡」の渕上純子さんも来ていて、黒子さなえさんと話したりしている。
秋に韓国に行って言葉を習ったりするという美術の呉夏枝さん(アルティに続いて白水さんの衣裳を担当している)に久しぶりに会ったり。美術とダンス界も京都という同じ場所でやっているとどんどん繋がるようで嬉しい。
その原因の一つには、だいたい自転車かバイクで通える距離感みたいな、京都洛中のちょうどいい程度のひろがり(へだたり)具合があるのだろうと思う。
ちょうど本番のダンス(「い」組は明日のソワレで見ることにしている)が終わった納谷衣美さんが古厩久子さんと2階にいて、うちのゼミ生Sが当日パンフのお手伝いをしてくれて助かったと言われてびっくりする。
《火種が花火になる日》。良いキャッチコピーだ。東山ダンスフェスティバルvol.2(実はすでに7月22日からぎっしりとワークショップが始まっている)。宣伝美術:納谷衣美、宣伝写真:清水俊洋。A2のチラシもモノクロで写真を印象的に配置し、当日パンフもモノクロで、ぱっと見は、A4の組み合わせだ。
ところがこの当日パンフが実は一筋縄ではなく、たぶんA3=1枚とA4=2枚が組合わさっている複雑なページ割付になっている。いつも当日パンフまで凝る納谷衣美の真骨頂である(清水君ももちろんそうだが、こういう風に書くとどんどん面白いものを作るので書くのだがあんまり無理して草臥れないようにね。ほんとにSのようにゼミ生やTAM研メンバーがもっと手伝うといいのだけど)。
当日パンフのキャッチコピーはまず《向日葵が伸びる音を聞きに行こう。》である。その4pには制作を担当する横堀ふみによるコピーライトがあった(そのこと自身も珍しいことである)。
《入道雲が生える音、蝉の声、プールで遊ぶ子ども、陽炎の息・・・夏の音は、鮮やかに私の中をたゆたいながら、大きなうねりとなっていく。》と始まるしっかりとした文章によって、ダンス制作者の声をきちんと聴くことが出来るのも、嬉しい。
こうして眺めていると、カラーではなくモノクロにした今回のチラシから始まってこのコピーまで一貫しているのは、「ダンスを聴くようにして、世界を知覚すること」のような気がしてきた。どうも、それが重要なテーマなのかも知れないなあ、と。
あたかも、世界を彩っているはずの鮮やかな色彩たちはいまさらここに現前する必要もなく、ダンスに出会うことで見えるそれぞれの聴衆の心の中だけに現れるそれぞれの色合いで十分ではないか!と問いかけられているようでもある。
雲が発生するときの天空の遙かな音から、地にあるはずのものを幻に変えるようにゆらゆらと地面をゆらす陽炎の立ち上がる音を聴くということまで含めて「世界を聴く」ためだけにあるダンス。
その天と地の、無限大からゼロデシベルの大きな大きな幅を持つ響きの間に挟まれて、ダンスを創る音は地上n溢れている。たとえば。ランドセルの集団行進やらプールでのダイブの歓声、マッサージ室でのもみもみ運動ダンスやらヒップホップダンスを練習するビルのガラス前の反響などなど。
このような極めて日常的デシベルのシーンがここ東山では天と地の音にざっくりとサンドイッチされて、いままさに提出さようとしているのである、もちろん、それらを一口でかぶりつくのは難しいとしても。
主催:京都市、(財)京都市ユースサービス協会、協賛:ハッピー六原、協力:京都芸術センター。企画コーディネート:西田尚浩、企画:参加アーティスト、進行:砂連尾理、竹ち代毬也。
舞台:高橋圭司、舞台監督助手:乾直樹、照明:吉本有輝子、福山和歌子、音響:宮田充規。宣伝美術:納谷衣美、宣伝写真:清水俊洋、写真:西園佳代、ビデオ:井上大志、制作:横堀ふみ、大島依子、鈴木雄家、小鹿由加里。
少しダブって書いた部分もあるが、こうして挙げるとフェスティバルのスタッフの多さ、そしてすべての役割の大切さ、そして関西ならではのお互い顔の見える関係性(私も顔を知ってはいたが、いまはじめて名前を知ったスタッフもいる)を再確認することが出来るのではないだろうか。
「こぐれ日記」の扉へ
無断転載禁止 掲載:アーク編集室