Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》Higashiyama dance festival*2-4

vol.371.
7/27(土)
『東山ダンスフェスティバルvol.2』東山青少年活動センター(その4)

「は」の公演が終わって場つなぎ的に、竹ち代毬也が瞬間落語「じんべはんの一生」を披露する。そして、東山オクラホマミキサーズのアンコール的ダンス。そのあとすぐにロビープロジェクト「On The Lobby」が始まる、17時半から。

ガラスの吹き抜けをバックに、逆光ではあるが、その長い腕がキレイに映えるボヴェ太郎がゆらめきシルエット化して踊っている。環境に溶け込んでいる。
続いて3階の階段から下りてきた二人組、dvIN。ワンピース姿の女性が曲音楽に合わせて踊る姿が初々しく、ほほほっとする。相似形の髪型、白地に黒い縞のワンピース、そういえばここにもモノクロームがある。

と思うと次の北村成美はそうではない。赤い上着に白いスカート。下に黒いブルマー。でも、モノクロームを彩るのは赤ばかりではある。じゃれみさも赤い上着だった(だから、33の水色水玉がこの中では異質な人であることを際立たせていたのかも知れない)。

走り回るしげやん。デジカメで撮していた私も何だか巻き込まれておどおどした。ちょうど高校生が上の階で演劇の練習をしていて、衛星の橋本兄貴に彼らが率いられて降りてくると、そこでは北村成美が何やら騒いでいる。さっそくこの高校生集団に近づくしげやん。今回、しげやんパワーは、ホール内の地味めな動きとホール外の躍動とを使い分けているようにも思える。縄跳び、スカート振り投げ。

さて、「い」の組。19:08〜20:31。何という満員ぶりだ。コンテンポラリーダンス公演でこれほど人が詰めかけているステージを久しぶりに見たような。それだけでも感動する。昨日からだがけっこう年輩の方々を見受けることができたのも収穫だと思う。

1.セレノグラフィカ .水鏡。隅地茉歩+阿比留修一、20分間。《ただそこにいた》、スローバラード、というか、びっくりしたのはいつもは激しく踊りコンタクトする二人がほとんど混じり合わないということ。でも、仕草が模倣されたりうつったりするので、そういう意味で物質的でない接触が今回の目標だったのかも知れない。

それは、たぶん、どしゃぶりの音のせいだろう。この初夏は台風がよく来たなあと雨音を聴きながら思い出す。最後の二人がいない空白のステージの間が絶妙だった。でもぼくはもっと激しいステージの方が好きだなあ。激しい雨に打たれる弧の姿もいいけれど。

2.御舟(みふね) SHORT cut SWEET track。構成・演出:佐藤健太郎(彼のちょんまげ姿は新撰組の映画とかでキャスティングしたいと時代劇監督は思うのじゃないかしら)。15分間。これは何も考えなくていい。そういうものも大切だ。「い、ろ、は」とも初め(「序」あるいは「起」)に静謐なものを持ってくる形を考えたのかも知れない。そして「破」あるいは「承」として、賑やかなもの、動きがあるものという配合なのね。

池端美紀の手をかってに竹ち代毬也が握るとそれを佐藤が振り払うというシーンをスローモーションと暗転使ったストップモーションで楽しませる。それがふんわかと野球になるのもいい。「夜が明けたら」の歌が後半の中心。

3.黒子さなえ 海があふれても山が崩れても。17分間。
音響編集は森裕子と同じくTake-Bow、爆音と可愛いコロコロ音、それに超有名なアリアと自由自在。丸椅子が一個。衣装:大島依子。モノクロの中で黒子さなえだけがえっと思わせる派手さ。提灯型のスカートがホッホッホッと微笑ましく。昨日オクラホマミキサーでどきりとしたノースリーブスはこのダンスコスチュームだった。それにふわふわのショールが巻き付いている。

大きな不思議さを探す踊り。冒頭はボールの水に口をつけて、ブクブク遊び。
ところがボールの水の表面では足りないと、大きく口を開け息を吸って水の奥に顔を埋める。水が滴って。椅子に体を投げかける。四角い光の中。ロボット的な動き、少し黒子チックじゃないなあと思っていたら、アリアで気持ちよくなった。明かりの鼓動がきれい。

4.納谷衣美+山下残 広い場所で手足を縛られて。12分間。山下残の構成。今回は納谷衣美の存在感を十二分に感じて満足した。昨日のオクラホマミキサーじゃあ、なんか、清水さんと一緒に足を伸ばしていくシーンがあってそのときはふふっとした(もうひとつ、森裕子さんとデュエットする場面も、関西が誇る小さなダンサーズだとふふふとしたけれど)。

暗い中をごろごろしている。ここでも白くて長い山下残と黒くて小さな納谷衣美の取り合わせ。コンタクトムーブメントというか、もっと密着した“conjunction movement”なので、接触という段階を越え結合してからだも気持ちも一緒に戯れぶつかりいたわり合う「連結」デュエットである。

ブリッジが十字になったりして、背の高さがとても違うことでのみ成立するデュエットを考えたのではないかと思う。残君が押しつぶさないかと心配になるが、その分残君は一所懸命、納谷さんを下にしたときも自分の身体を浮かして支えているのだろうと思う。

身体だけで遊び尽くす。父親が休日にぐったりと寝ころんで新聞を読んでいると娘がかってに背中に上がる。足をこそばせたり人形を持ってきてままごとをはじめる。そんな、子どもと父親のじゃれ合いのような雰囲気があると思えば、もっと切実な、異文化の身体をもった民族間のさぐり合いにも見える。

山下残の発射台、ヒコーキヒコーキはとてつもなく高い空に上がる。戻って来たくないなあと子どもは思う。父親は、子どもがとてもふわふわしたおもちゃのように思えて戸惑っている。壊したらどうしようと思いつつ、どんどん喜ぶ姿をみたくてエスカレートするのだ。

もちろん「い」のあとも東山オクラホマミキサーズのアンコール的ダンス。いつも少しずつ変わっているのが見られて(メンバーも昨日とは少し違う)それもまたダンス鑑賞の余韻を増進させる。


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