Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》HARA MUSEUM&THE
JAPAN FOLK CRAFTS MUSEUM*1
久しぶりの東京です。おおむかし大学受験で東京駅を降りたとき、みんなが自分の顔を見ているような錯覚をしてどきまきしながらも嬉しかったことを思い出します。車内で柳宗悦の『民藝四十年』(岩波文庫、84.11)をほぼ読み終わる頃には新横浜を通りすぎました。プラットフォームに降りるといずこも同じ暑さです。いま東京の人はここを離れ東京以外の人たちが少しここにやってきているのだろうと思います。そういえば明日は敗戦(終戦)の日ですから皇居に集まったり靖国神社詣でというものもあるのでしょう(この前のUSJ詣でと同じく一度はそういう世界も覗いてもいいのかも知れません)。
夜に青山円形劇場でのダンスビエンナーレを覗こうというのがメインの個人研究旅費申請の動機でしたが、お昼はミュージアムめぐりとぼんやり考えてはいました。そこで京都からのキップがそのまま使えるので東京駅から品川駅まで来ました。いままで一度しか行ったことのなかった原美術館に行くためです。割とちゃんとした駅構内の本屋さんに入って驚いたのは「Tokyo Waker」と「1週間」しか見あたらず、それにはもちろん芸術の記述はとても少なくてこれからの行動を考えるのには何の役にもたたないということでした。
たまたま「ぴあ」が発刊していない時期だったからでしょうが、東京に降り立って即興的に自分の観たいアーツを探すということがとても難しくなっているように思います。どこかにそういう大量宣伝型エンタテインメント以外のアーツ情報を検索できるアーツ案内所があればいいなあと感じました。もちろん外国語にも対応出来るスタッフがいるとよりいいのでしょうね。東京都がNPO法人に委託して行うのが筋でしょう(もしすでにそういうサービスをしているのであればごめんなさい。そして教えてくださいね)。
とりあえず品川駅から御殿山へ向かいます。品川駅の反対側にはどんどん高層のオフィスビルが建設されています。少し行くと石垣が続きます。大阪よりも東京の方が緑が多いとよく言われますが、ここは大名屋敷跡が明治の財閥の三菱に移ったから保存されているのでしょう。立入禁止の門に「三菱東京閣」とありました。
信号を渡ると原美術館の表示が分かりやすく出ています。静かな住宅街に入ります。さりげなく玄関に鉢植えがつり下げられていたりする一軒家たちです。もちろんビルもあって画廊が入ったりもしています。美術館のそばには画廊ができるというのは門前町と同じ原理でしょう。
大きな住宅の一つとして原美術館の建物があります。この建物を鑑賞すること、このような1938年に建てられた素敵な建物を美術館にすることの大切さを確認するためにここはとてもいいサンプルであることは確かです。この邸宅の建築家は渡辺仁ですから銀座の和光ビルや上野の東京国立博物館を同じ設計者の建物としてまた観察する楽しみを与えてもくれます。
いまは残念ながら『ヴィンセント・ギャロ レトロスペクティヴ 1977-2002』という有名なマルチタレントの回顧展でした。したがって(というと少し決めつけみたいですが出来るだけ先入見なく鑑賞した結果そう思ったのです)多くの作品があっても3通りぐらいのもの(私はゲイではないという程度の言葉に象徴されるペニスの落書き、花の平面、妻との写真をひっかいたもの)ですから、あっというまに企画展自体は鑑賞しおわってしまいます。でも、入り口に置かれたバナナの平面とか展示の仕方は建物をうまく使っていて、ギャロという映画人であり音楽家でもある人物を愛する人たちには気持ちのいい空間を提供しているようです。ぼくも彼の映画は観ました(それなりに面白かったです)。
ふといまもやっている美術館「えき」KYOTOでの片岡鶴太郎展を思い出します。京都のそれは和風ですが、日本画や陶器、書をやっぱりマルチなタレントさんが作品にしてお客を呼んでいます。ある程度のテクニックがあるところが共通しているように思えますし、分かりやすい具象である点も共通しています。ギャロにも擬古的あるいはキーファー的な錆びた鉄板などの平面に、分かりやすい草花が繊細に描かれていて鶴太郎に比肩できる(どちらかのファンはきっとこうした比較を好ましくなく思うかもしれません)叙情性を感じる人が多いのでしょう。
3つだけパーマネントインスタレーションがあってそれでここのコレクションやここが発注したコミッションワークの素晴らしさがかいま見られます。ギャロ展に訪れた100人に1人ぐらいは、ふと現代美術の面白さに心騒ぐのかも知れません。
まず3階のレイノーの「ゼロの空間」に上ります。白いタイルが一面貼られているだけです。でも奥の扉のあととか出っ張りとかがもとの原形を示しています。何てこともないといえばそうでもあります。自宅を白タイルに改造するアートドキュメントを見たこともありましたが、まあそれだけかなとそのときも思いました。
次に2階に降りてきて宮島達男の発光ダイオードの部屋に入ります。彼の作品はかなり有名になっているので東京人のようにそれなりの情報を知らないとかっこわるいと思っている人たちにはここで出会えていいチャンスだととらえられていたのかも知れません。出口のドアががちゃんと閉まるのでそれを気にしている品のいい女性たちもいます。上の赤い数字の変化と下の黄色い数字の動きとが自分の体を2個所刺激するようで、誰も来ないときに入って数字の変化を追っているとちょっとトランスしそうになりました。
そして、須田悦弘の「木彫」インスタレーションです。説明が少し分かりにくい感じもありますが、まあ、こういう建物内部の荒涼としたした空間が作品であると思っている人は多かったようです。この水が飲料ではありませんとかいう趣旨のタイトルだった(英語で書かれた古い貼り紙にちなんでいます)ので、黒く光る台に水が湛えられているかどうかばかり気にしている人もいました。鉄線のたばと木彫の草花が異物なのに調和しているように添えられることの日本的しつらえを3階のレイノーの部屋との対比で感じたりさせられますし、ふとギャロの花の作品が床の間の飾りに似ていることにも気付かされます。
実は展示を鑑賞するの前にカフェダールというカフェテラスで食事をしました。これは混むことが予想できたからです。ギャロにちなんだランチが2200円で高いなとも思いましたが、どんなものか食べてみました。まずこのカフェは建物の中庭に面して拡張されていて結婚パーティなどにぴったりの空間です。冷たいスープも美味しかったし少し薄目のコーヒーもばっちし。骨付き肉は少し塩が強かったけれど夏だから塩分取りすぎにはならないでしょう。
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