Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》DAIKU Tetsuhiro + hyotan


vol.415.
1/5(日)
大工哲弘+ひょうたんフィル『沖縄の心を唄う』川西市文化会館

洒落にならないぐらい寒い。でも行ったことのないホールに出かけるのは楽しい。そこがかなり古い建物であっても。今日目指すホールは、『川西市文化会館』、1974年7月1日開館というから、もうすぐ30年になる。MapFanWebで場所を確認。阪急川西能勢口駅から能勢電鉄に乗って滝山駅から歩くのが普通だろうが、何とか歩けそうだし、少し回りを眺めていこうと思い立ち、川西能勢口駅から線路伝いに歩き出す。

1996年に出来た音楽主体の文化施設、『みつなかホール』の外観を眺めてから能勢電鉄の鉄道を越えて、川西市文化会館まで歩く。川側は小戸神社があったり鉄工場があったり、下水処理場や体育館があったりする。反対側はマンションが立ち並ぶ。都市には当たり前の何でもない風景なのだろうが、その当たり前の世界がこうして初めて目の前にあることがなぜか嬉しく思ったりするのはなぜだろう。今年初めてのコンサートであるとか、この先の鶯の森という駅近くに親父の会社の保養所があって夏にはよく昆虫採集や川遊びに行ったことも少しは関係しているとしても。

意外と早く川西市文化会館に着いた。が、まだ14時なのに大ホール前には、もう人の列ができている。整理券を発行すればよかったなあと会場係が話していた。年配の人が多い。川西市では初めての沖縄音楽ライブという。14時40分に開場、1000席ほどの大ホールがいい具合に埋まっていく。この人数、みつなかホールでは溢れただろうし、ひょっとしたらPAを使った音楽はみつなかホールではしないのかも知れない。

『沖縄(うちなー)の心(くくる)を唄う』。主催は大工哲弘コンサート実行委員会、事務局の波照間永興さん(市内で沖縄料理店『ちゅらか〜ぎ〜』を開いている)が大工さんと同郷(石垣市新川)の縁で川西市に初めて八重山の歌が流れる算段になったのである。ぼくは、ザ・ひょうたんフィルハーモニック代表の三木俊治さんからこのコンサートを知り、ひょうたん楽器と沖縄もなかなかに乙だろうと思って、今年の「初ライブをこれにしたのだった。

そして、開演の15時過ぎから、10分間の休憩はあったが18時過ぎにみんながカチャーシーで踊り出すまで、まったく退屈しないで面白くライブを満喫した。

はじめの舞踊「鷲ぬ島節」(新田琉舞道場)を待っている時には、正直前座が多すぎるんじゃないかと思ったが、てきぱきとこれらは進んでいってしかも微笑ましい感じのちゃんとした短い踊りやエイサー(琉鼓会)だった。エイサーは以前に比べてどんどん参加者に女性比率が多くなって、彼女たちの動きが特に生き生きとしているように思った。大阪三線クラブの演奏はちょっと生涯学習発表会みたいではあったが、これほど若い人が大工哲弘さんに大阪市野田駅そばで習っているのかと思うととても奇妙な感じがする。実家に寄ったときにでも覗いてみようかな。

15:41からお待たせ、大工哲弘のステージ。後ろで太鼓や横笛を吹いたり唄ったりしているのは、屋嘉部充。30年間一緒にいる彼の一番弟子、大工苗子と神戸に住んでいる新垣優子。唄だけでなくふたりの踊りもなかなかに楽しめる。向かい合って手遊びするのは特に素敵。キーボードとアコーディオンはロケットマツ(パスカルズというバンドを率いているという)である。彼はなんとなく伊藤裕夫さんに顔が似ていて、アコーディオンの小さな音の余韻がとりわけ美しかった。

全部で7曲。当日パンフになかった歌に「生活の柄」があって、彼が沖縄だけでなく「歌」の地平を広げ深めていることをかいま見させてくれるが、これも詩は山之口漠なので沖縄の歌とも言える。くっきりとした歌声と三線。少し物足りないぐらいがちょうどいいのだろう。それにこれで前半が終わって、次に30分間、ひょうたんフィルの演奏が始まるのだし。

ホールロビーでは沖縄の物産が売られていて、三線入門のビデオなどもある。大工哲弘の最新CD2枚組『蓬莱行』もあって、もちろん即座にゲット。CDの始まりが「ハートランド」(オクノ修)から。まずは京都と響きあい、それから台湾とかハワイとかにもたゆたう広く深い世界がある展開のCDなのだが、これはまた別の時にライブでぜひ聴かせてもらおうと思う。

後半は、寺原太郎のひょうたんバーンスリーから。ただ明かりも薄暗く幕が下りたままだったので、インド音楽にふさわしく始まるとも終わるとも思えないような連続する時間となった。だから、客席ははじめまだざわざわしていて、次第にその音の波動がホールを潤すとともに静かになるのね(いいかんじ)。

ひょうたんの6人が、うちなー上り(琉球政府が江戸に行くときに演奏した音楽)「サーサーガク」で登場。三木俊治によって、はじめの寺原太郎ソロのラーガが八重山民謡によっているとの解説あり。

楓香樹の下で(胡弓の木場大輔作曲)、にんにく(三木俊治作曲)、そして太鼓の井口達也と寺原太郎によるパーカションデュオでしめる。ビオラなどを弾いていた大森ヒデノリの弓にハタキみたいなものが付いていて、これはお祝いの印なのかなあと興味深く見ていた。そんなにそれがあることで弾きにくいことはないのだろうが。

大工さんが登場するときにベートーヴェンの第九の4楽章を弾いていたが、そのひょうたんフィルが逆に驚くことになるのは、大工哲弘がダイクじゃれにおもしろがって、第九のメロディーで唄ったことだった。かなり高いキーだったのはまあ特に問題はなかったが、きっと打ち合わせなしなのでうまく伴奏モードにはなれなかったようだ。それは致し方ないし、そういう創発的な動きが起きることがこういうセッションでは一番面白いことなのである。

新田流舞道場の踊りの伴奏や滑稽な「あぶぜーま」(事務局の波照間さんが登場した)でも、大工哲弘の生の声が使われて、やっぱりテープでないのはいいなあと思った。さすがの大工哲弘も少し疲れてステージドリンクを所望したところ、前席のおやじさんが泡盛をコップについで持ってきたのは、なかなかに面白かった(袖からその後水などを持ってこなかったのもいい判断)。黒島出身の女性が会場から話しかけたりするのは、関西がウチナンチュにも混じっているからだろうと思われるし、きっと沖縄と関西はその解放性に共通する部分があるからだろうとも思う。

「三曲萬歳」に「月ぬ美しや」、そして「とぅばらーま」。やっぱりこのままではいけないでしょうと、大工哲弘が言って最後にみんなで踊る。カチャーシーの腕の使い方で、ゆっくりからすっと早くなる感じがぼくにはなかなか会得できないから、前に出て踊れないのだ。指でピーと吹くのもやってみたいし、是非沖縄音楽ライブを楽しむための簡単なワークショップもあったらいいなあと思う。帰り、一直線で駅まで歩く。寒かったがそんなに遠くはなかった。明日からまた授業だ。


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