Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》Calvin Johnson


vol.424.
2/19(水)
『キャルヴィン・ジョンソン、ザ・マイクロフォンズ、リトル・ウィングス』磔磔


今年になって音楽ライブにまだ2回しか行っていない。観劇なども去年よりも減っている。まあ、年間330回とか数だけをキープしても仕方がないとしても、ジャンル的に偏りすぎるのはよくないから(伝統芸能もまた行かなくちゃ)、さて今日何かないかと捜すが、ホールでの西洋クラシック音楽系の催しは見つからず(だいたいが週末だ)。

じゃあ、ライブハウスに行こうかと思い、たまたま磔磔で、USインディーズレーベルのKレーベルのオーナー、キャルヴィン・ジョンソンらがツアーをしているというので、昨日にメールで予約していた(前売り3500円+600円飲み物代)。実は何も知らない音楽なのだが、カート・コバーンやベック、マデスト・マウスやくるりなどが愛しているということで、どんなものじゃろかという好奇心だけの選択である(というか何もなかったからね)。

18時10分ぐらいに磔磔に到着。着くと人が入り口に並んでいて、18:32ぐらいに始まるときには満員となり、5組目、最後に本命のキャルヴィンが出るときには立ち見も出て、えらく盛況だった。21:21まで。ぼくはキャルヴィンのCDだったら買ってもいいかなあと思ったが、販売コーナーはえらい人混みでそれほどまででもないので、すぐに帰る。

家に着くとセーターから下着までがたばこ臭くて吸わない者の身体にも悪いし(医療費の値上げのかわりにたばこ消費税を3倍ぐらいにまずしてほしいものだ)、セーターは洗うしかないと言われる。これってほんとにどうしようもないけど、特にさきはそれでライブハウスは行かないのである。かつての中津、ミノヤホール(岸田さんプロデュース時)のような禁煙ライブってないものだろうか?

アコースティックギターだけ持ってふらりとで一人の男性がステージにやってきたと思うと、何だか知らないまにギターを指でポロリンやってして唄い出していた。かっこつけないほんとに適当な感じで、ときおり顔をぬぐったり下に置いた歌詞をめくったりして、その時は中断したりギターは演奏していなかったり。でもそれが彼のスタイルなのだろうと思えてくる。

靴を履いていないで、靴下だけでいるカイル・フィールドという人のワンマンプロジェクト、リトル・ウィングス。

一人だけでグループ名みたいにプロジェクトの名前を付けるって何だか面白いけれど、色々名前を持つというのとどう違うのだろうね。小さな羽たち。頭の後ろでかわいく髪の毛を二つ結ぶのが名前と似合っているかも。どんなことを歌っているのだろう。聞き取れればいいのだがそれがかなわないのでだんだんとはじめの新鮮さがなくなってくる。

次は日本の3人組、モールス?(あとで磔磔の月刊スケジュールをみると、モールスとOKミュージックホールという名前があがっていたから、モールスかもしそうでなかったら、OKミュージックホールである)。ギターのボーカルの男性があんまり声が出ないのだが、瞬間芸とかやっていて、最後のキャルヴィンもちょっとしたポーズの踊りとかするから、そういう流れなのだろう。ベースとドラムスはしっかり。

3番目は、これもワンマンプロジェクトのザ・マイクロフォンズ(フィル・イルヴラムという人だけなのに、「ズ」というのはやはりCDづくりの多芸的D.I.Y.なのだろうけど可笑しいね)。まるで小さな羽たちと同じスタイル。ギターを指で奏でる。髪型も一緒。何もこだわっていない感じ。足には鼻緒のあるスリッパ。頭を見ていて古墳時代の舎人だと思う。1曲だけ、キャルヴィンも鍵盤ハーモニカで参加して、みんながステージに上がるときがあった。

4番目はまた日本人、4名。今度は、高音部分はよく声が通る。ただ口をほとんど開けないのでなかなか歌詞は聴き取りづらい。ギターの掛け合いはなかなかよかった。たぶん、OKミュージックホール。フェスティバルゲートのブリッジでももうすぐ演奏すると言っていた。あそこのスケジュールをアーツ・カレンダーに送ってもらわないといけないな。

やっと、キャルヴィン・ジョンソン。20:34〜21:21。いまこう時間を改めて確認するとけっこうやっていたのだが、ぼくにとってはあっという間だった。声の大きさやはりが、同じスタイルを持っている若い二人とは段違い。マイクはたしかに2つ立っているけれど、それとは関係なしに唄っている、うろつきながら。ぼくが結構前の方だったからかも知れないが、でもすごい。

とらわれない心、スタイル。それに歌詞がシンプル。ある唄なんか、ワンデイズ、ワンデイズばっかりで、それ以外はほとんど言わなかったのじゃなかったかな。いつかのあの日々たち。いつかのその日々。でもそれで充分だなあと思わしてくれる不思議な力というか雰囲気がやっぱりあった。

暖房の音がすぐに気になったのだろう、寒くないよね?と客席に確認してから止めるように言う。また、唄の始まりとか中ほどとかに、口笛を吹く歌が始まったとき。お客の誰かが彼のあとに真似してちょっと吹くと彼は突然やめてしまった。

怒ったのかなあ、思いのほか神経質だなあと思っていると、どうももう一度するという。つまり、お客さんのなかにはもっと他にも口笛を吹きたい人がいるのに、その彼だけだったのは不公平だから、みんなも参加したらどう?ということらしい。よく英語が分からないからまあそういうことだろうと思って久しぶりにいい加減に口笛をふいてみる。けっこう楽しい。みんなが口をすぼめているのを見るのも楽しい。

アカペラのときはギターを後ろにやって踊る。それではじめにドラムセットを後ろにやっていなのだ。お世辞にもうまいとはいえないが、彼だからそうなのだ、という説得力がある。指ぱっちんもまあ愛嬌ね。やっぱりそれは声と喉、そして居住まいなのだろう。質問コーナーがあって、そのなかでイラクへのアメリカの攻撃はきっぱり「NO」って言っていた。


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