Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》HANEDA Sumiko-document cinema
とてもハッピーな一日。
気持ちが少し前向きになるのは、たんに風邪が少しずつ治りつつあるからだろう。でも痰が絡んで時々咳が止まらなくなるので観劇にははた迷惑になりそうでそれはこわい。花粉症へと移らないかと心配している(28日、上終で碧水ホールの上村さんに会ったら、彼はどうも鼻水が止まらないと言っていた。どんどん花粉症でない人が減っていく。逆に花粉症を卒業する人もいるのだろうか)。
うちのマンションに入っていたチラシ。『行方不明の老人を探しています 南周二83歳身長60cm 灰色がかった薄茶色のジャンバー、濃紺色のズボン黒の短靴、南商店と書かれた黒い商業用自転車で3月4日午後外出。体力気力ともしっかりしており、山科、伏見、八幡、長岡、高雄、雲ヶ畑、岩倉方面に自転車でよく出かけていた。お心当たりの方は・・・・』
そして歯を出して笑っている南周二さんの写真がそのチラシに載っている。すごい行動範囲のおじいさんだ。ひょっとしたら夢遊病とか呆けが入っているとかではないかも知れないが、やっぱりどこかへ出かけていまどこに行ったのかが分からなくなったり、ずいぶん昔の自分に戻ってしまって、自分の虚構の中を彷徨っている老人なのではないだろうかとそのチラシを見ている。
チラシに連絡先の一つとして書いてある南建という人が息子なのだろう。何かのお店を開いてこの周二さんもずっと働き続け子どもを育てたのだろう。そしてこのチラシの中で笑っている。いまも流離っているのか、はたまたどこかで保護されて家に戻ったのか。老人ホームに入ってすきあらばまた京都を彷徨い出ようとして介護の人を困らせているのか・・・。
第七藝術劇場、羽田澄子監督の『痴呆性老人の世界』。1986年、岩波映画、84分。10時半から1回だけ上映されるこの名作ドキュメント映画を見に行った。予告編ではおばあさんだけでお芝居を作る「ぷりてぃウーマン」とか「折り梅」、「百合祭」、「平塚らいてうの生涯」など、お年寄りをクローズアップさせた映画ばかりが流れている。観客席は思いのほかおおぜいの人、ほとんど女性。
少しスケベ根性もあって、『海と日傘』のなかで登場する(劇中には登場しないのだが話のなかで言及される)常に探される隣家のおじいさんの放浪についても劇評に書けないかなと思って(結局そこまで内容を書けなかったのだが)、この映画を見たのだった。
偶然だが北部九州弁というのも『海と日傘』と共通していた。3年以上福岡に住んでいたから、こういうおばあさんやおばさんたちがしゃべっている言葉が実に鮮やかに思い出される。おばあさんの地域差という比較もなかなかに面白いと思う。京都のおばあさんと福岡のおばさんの違い論。こんな卒業研究もあっていいだろうが、アーツマネジメント研究とクロスするには一工夫がいるか。
まあ、そういう雑念もおきたりもしたが、見終わってそんなことよりも何よりも、痴呆になっていくおばあさんたちの可愛さや残存記憶の鮮やかさ、それにもかかわらず周囲の介護者や家族の苦労と落胆などなどに心動かされ、気がつくと鼻水と涙のオムニバスでポケットティッシュが大量に消費されていた。
プライバシーや羞恥心、名誉やプライドとの関連からして、風呂のシーンやトイレの模様はドキュメントするための注意点が数々ありそうな場面である。家族と一緒のシーンでも、撮影を了解するまでは心理的抵抗も強かったに違いない。
それにしても家族はとても大変なはずなのに、けっこう面白がって話しているシーンが多い。そういう風に話さないとやっていけないという面もあるのだろうが、観ていてこちらも笑ってしまう場面があることも事実である。
たとえば、18歳の乙女だと自分を思っているおばあさんが2年後に戻ってきてみると16歳に若返っているというのも単なるコメディではない「ある真実」が実在しているようにも思われる。生理が始まるかも知れないから入浴できないでいる彼女。きっとそういう恥ずかしい想い出がいまもありありと彼女の中では真実として記憶されている。
岩波映画なので少し教訓的(啓蒙的)なコメントも入っている。でもそれは決して嫌みでも押しつけでもなく、自分で脱衣して着衣するようにのんびり見守る余裕と愛情のことが解説される。そうだよ、お年寄りのペースはゆっくりだもんなあと思うし、最近よく若い人がぼくを追い抜いて歩いて行くのを見て自分の行く先がよく分かるから、実感でもある。
百人一首だけはほんとにちゃんとそらんじているおばあさんが自分の名前はなかなかに思い出せない。死んだ夫も目の前にある娘たちの名前も。「美しき天然」を綺麗な声で2番までちゃんと歌える女性。みんな、ほれぼれとして聴いていて、鮮やかにそれぞれの過去何かを思い出している顔が並んでいる。
でも百人一首(百人一首は鶴見俊輔のオリジナルの表にもあげられている限界芸術の代表例だ)がお正月に実際に楽しまれているから彼女の記憶は活かされる。病院から戻って家族で祝っている親密な場が彼女の回りで再現されているからこそ、彼女の中の過去へとつながっていく百人一首の記憶は蘇りここに活かさせるのであって、その場が生まれなければ、きっと彼女にとって無意味なモノとして消えていくものだったのだろうと思う。
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