Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》OMS grand finale
午前中「アカルイミライ」のことを思い日記に書いていた。夕方、サントリーの佐藤さんに、そういう話をすると暇でいいですねえと言われる、OMSのカフェにて。暇といえば暇。
でも土日もいつもonでもなくoffでもなく、のんべんだらりとアーツのこと、それと生活の関係について考えていたり感じたりしていて、それは心身の健康にいいことなのかどうか、うらやましがられることなのかしらねえ。
大阪府立現代美術センターで、「新庄茂扶展〜封印と開削 日々の生のあかしとしての紙日記1979〜2003」を見る。
1945年大阪府出身。本人の姿もあった。手袋をつけて作品としての日記を、冊子をめくるように眺めてみる。ただ、どうしても日記という素材は、どうも限界芸術のままの方がどこかいいなと思ってしまうのはなぜだろう。見えない時間を形にするときに日付はあまりにも日常的だからだろうか。
谷町四丁目から扇町へ行き、15時半からOMSのカフェで第8回劇場文化研究会ワーキングチーム。明かりがテーブルの真ん中に置いてあったりして普段とは違う雰囲気。報告書案が出来つつある。
そのあと懇親会。ぼくより少し上の人たちがよく映画をみたりしていることが分かって面白い。日経の文化欄を読んでおくと話題についていけるのか、なるほど。お酒が入るとやっぱり違うな。
そのまま、みなさんと「グランドフィナーレ!扇町ミュージアムスクエア最終公演」南河内万歳一座『さらバイ』作・演出・出演:内藤裕敬(一段と恰幅がよくなっているように見えた。このちょい役で出るというのはいつものことで、作者であり演出家でありつつ、脇役として舞台と客席を眺めるという彼独特の目線なのだろうな)。19:34〜21:29。
リングのようになっていて、目の前で役者が走ってそのうちに汗が飛び散るようになる。帽子をかぶって動いているときには年齢を感じさせないけれど、帽子をとって、はーはーしている彼ら彼女らの姿を見ると、昔からの人たちはとくに加齢を強く印象づけられる。どうしてみんなネクタイをしているのだろう。ひょっとしたらそれはOMSの「加齢」と関係があるのかも知れない。
親戚や近くの他人、袖触れあっただけの赤の他人などなどが、子どももいなくなっていた初老夫婦の行き止まり部屋に集まる。高度成長期には抽選があたることを夢見ていたこともあったいまは兵舎のようにしか見えない公団群、吹きだめのロストワールド。
上へと続く階段はなく、そこへと飛ぼうとすれば落ちるしかない行き止まりの屋上。前半ではさびしい公団の一室がさびしい人たちによって、空虚なままにぎやかになっていく、この空間に前住んでいた若い男がカナリアの檻を持ってやってくるまで。
この若い男の世界も暗くインターネットで孔雀としてカナリアと交信するのみだ。お客とのやりとりもぎこちなく苦情係の女性二人にやりこめられる。でもその二人の一人はカナリアかも知れない。すべてに寂しいカナリアがいるようでもありそうでないようでもあり。匿名性が空気のようになってしまうだけで開放感はなくただ薄い空気の窒息感だけが蔓延している。
返品の苦情、貨物電車。人身事故、満員電車。
ともすると陥りがちな永遠のマンネリズム、情感過多症候群も今回は白けないし、問題なく、ただただ夕暮れ時にタイムスリップする瞬間のように懐かしい。無骨なコミュニケーションとしてのプロレス、唄を忘れいつも危機の先触れとして死んでいくカナリア、デパートの屋上の、交尾するためだけに目立ちすぎる羽を持った雄孔雀の孤独。
これはただの芝居というよりも、“OMSはなくなるけれど、うちの劇団は楽勝だ”といういまの南河内一座の様子や内藤裕敬自身の心情を舞台上で披露したもの。役者さんたちだっていつもよりもよけいに素の部分が多いのだろう。終わったら身体ぼろぼろになっていないだろうか。
そうそう、直前の懇親会で話題になった(実際の名士と地続きになる)「文士劇」に少し似ているかも。津村卓さんがいてお芝居が終わってから、どう?て聞くといろいろ課題山積って言っていた。最近いつも前のOMS支配人の江本さんにここで会う。
應典院倶楽部の西島宏さん(彼は、シアトリカル應典院だけでなくここOMSとか森ノ宮のプラネットステーションなどにおいて関西アーツマネジメントシーンを作ってきた一人であることが最近になってようやく分かりだした)に日曜日の学会例会でお世話になるのであいさつ。
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