Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》SAKIRA M01
午後から(13時半から16時)アルティの4階で、第9回「京の文化振興プラン策定検討会議(文化振興・条例」。これで最後になる。一昨日ぐらいから危ないと思っていたが、完全に風邪をひいてしまった。時間があるので永楽屋で入学式にでも巻く手拭いを買う。少し高い復古もの(でも1200円で、同じ復古ものである2500円のものとの違いは、染めが表だけか両面かの差であると教えてもらう)。そのあと、芳江やさきがいつものぞいていると言っていたINOBUNに入ると、案の定さきに会う。2階で小さな竹(Million Bamboo、萬年青・萬年竹)が、インテリアグリーンとして売っていたので2本買って、帰ってから器に剣山を置いて挿す。
さて、本題。JR栗東駅下車。駅前のSATYが閉まっている。駅前が寂しくなった(またどこかが入るだろうが)。眠くならない漢方の風邪薬を買う。
「さきらダンスミッション」の始まり。栗東芸術文化会館さきら小ホール。さきらの山本さんがやっとコンテンポラリーダンスの公演が出来ますとずっと話していたもの。
さきらのレジデントアーティストとして子どものダンスワークショップをしてきた白井剛さんに、ロビーでいままでのビデオを見せてもらう。これから(4/29?6/1)「リビングルーム/さきら編」を栗東で作るために出演者が募集されている。
さきらダンスミッション1は伊藤千枝と山崎広太の組み合わせ。豪華なメンバー2名のソロからの始まりだ。4/3、4は北村成美+Ca・Balletだし、4/25、26にはまた東京から山田うん&VACAの公演が控えている。
満を持してのラインアップだが、まだ滋賀エリアだけではこれらを楽しむ観客や批評できる人たちの体制が揃っていないのも事実だ。びわ湖ホールあたりは開館以来大がかりなダンスを結構やっているのに、鑑賞者を育てるようなアウトリーチ的な鑑賞体験プログラム、共感事業をまだ滋賀のどこもしていないこともあって、これは残念なことだなあと思う。
19時半過ぎスタート。珍しいキノコ舞踊団の伊藤千枝のソロから。『ウィズユー2.1』28分。アートコンプレックス1928で初めて見せてもらって、とても感動したソロ鑑賞の続きを経験した。クラゲかイソギンチャクのような足と手の指の動きにも再会。
坂本九が歌っていた「見上げてご覧、夜空の星を」。そのレコードによるダンスソロは余りにもシンプルに美しく、たまたまではあるが、イラクの空を飛ぶアメリカ軍による一方的なミサイル攻撃の火炎を思わせるから今日は余りにも悲しい。
音楽のリズムに合わせて踊ることはいままでのコンテンポラリーダンスでは禁欲的までに外してきたと思う。20世紀音楽が調性を拒否していたのと同じ理由だとぼくは思うが、いま現代音楽が調性へと回帰する傾向もあるなかで、コンテンポラリーダンスもリズムに合わせること自体はさして問題にならなくなってきた。
つまり、リズムに合わせしかもそこにオリジナリティをきちんと発揮できる(=単なる音楽に従属する振付でない)ということを、伊藤千枝のダンスを観ていて、また確認できたと思う(これは北村成美を観ても同じような感慨を抱くことができる)。
ちょっぴり「見上げてご覧、夜空の星を」を例に具体的にいうと。見上げてご覧と唄うところで伊藤も空を見上げていく。こんな一見お遊戯のような仕草から始めてそれらを繋げながら、斜め後ろへのよろめき的後退(という意外性に満ちたフェイク)や、斜め前への両腕の漣的な美しい動作などを、かちっと構成することで、複雑すぎずにかつ情感にも流されずに印象的な小品にまとめているわけだ。
作品と作品との間に椅子に座りマイクで簡単な説明を彼女自身がするのもとてもいい試み。その椅子から踊りをはじめる最後の踊りは一番情感がこもった音楽で、さきらが出来る前に栗東の小学校で見た地元のフォークダンスのみなさんに是非見てもらいたい(そしてオリジナルなフォークダンスも創れるかもと思って欲しい)作品だった。
10分間の休憩の後、山崎広太『僕のエルシノア』。2つのパートを続けて踊る。赤いロングスカートが鮮やか。後の部分は意味にならない言葉をあてどなくでもしっかりとしゃべり続けるもので、始まりのゆっくりとしたインドネシア風な「たゆたい」と対照的なので、はっとさせるものである。
タイトなロングスカートをめくって頭にかぶる。傾き者、カブキモノであるな、オヌシは。舌だし呆け顔。呆けは惚けでもあり、耄け、蓬け(「蓬け」という表示は初めて知った。呆けて髪の毛がぼうぼうになっている様に使うらしい)まで続いていく。そんな過剰さが山崎の特質である。
暗転。すぐに暗闇のままにどしんと音。そしてなかなかに闇が晴れない。しばらくして、実は山崎広太が壁にぶつかり?怪我をしたことが判明。上半身裸のまま素の山崎さんが現れ、右のこめかみ辺りを押さえている。深い傷。血が出ている。これでは後半は踊れない。謝る山崎さんの言葉はまだ踊りのまま縺れていて、それはあまりにもつらい挨拶だった。
そのあと主催者さきらの山本さんが出てきて、明日、半券をご持参していただいて時間があればまた見てくださいとお詫び。でも、ぼくには十分山崎広太を見た気がした。アクシデントはつらいが、直後に怪我のままのつらい姿で舞台上に出た勇気に拍手したい。
彼の血を見るとフセイン独裁下でひっそりと住んでいる何の罪もないイラク人のことを思ってしまう。帰り、さきらから出てゆっくりと伊藤千枝の踊りを反芻しつつ夜空を見上げようと思っていたのに、もうそれどころではなくなってしまった。
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