Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》Umi-to-Higasa japan


vol.430.
3/13(木)
松田正隆作・三浦基演出『海と日傘』京都芸術センターなど

京都芸術センター平成14(2002)年度先駆的・実験的事業「拡散するアジア〜舞台芸術、身体表現からの視点〜」のA3のチラシはなかなかのデザインなので(Design by Gaku Azumaとある)、研究室に山形国際ドキュメント映画祭2003などのポスターと一緒に飾って見ている。

でも「アジア新時代〜体感しよう!アジアから世界へと拡散していくパフォーミング・アーツの現在。」というサブタイトルはいまいち解せないのである。「アジアから世界」という世界とは一体どこなのだろう。

それは、地理的にアジアでない世界、たとえばアメリカやヨーロッパやアフリカなどだろうか。少なくともプログラムではそういう地理的な示唆は見あたらないし、東アジアと西アジア、南アジアとのディスコミニュケーション問題(それは日本政府のイラク攻撃支持ともつながってしまうのだが)などが、霧散=「拡散」してしまっているようにも思う。じゃあ「世界」って?

ただ関連のギャラリー展示「trans-」(ギャラリー北には中西信洋の立体作品などもあった)では、《アジアは「拡散」しつつあり、そして国境は「越え」られつつある、そんなアートの現在の動向を探ります。」とあるから、アジアというまとまりが国ごとの集まりでなく、国境のないアジア世界という感じで拡散するという意味なのかなとも思うが、やっぱり亜細亜発世界行きという文化庁はじめお役所やマスコミ、大学などが好きなグローバリズムのにおいがして(どうでもいいことなのだろうが)気になる。

元明倫小学校には、石山青空の撮影による『アジアに出会う旅』の写真が廊下などに続いていて、そんなことはどうでもいいことだと思わせるぐらいに、いい雰囲気。

全体チラシの協力欄に、愛媛新聞とか松山大学ダンス部(大野八重子さんの名前も別にあがっている)があると思ったら、松山でもモノクロームサーカスの出前が行われていたからで、ぼくはアジアの外に拡散するより、日本という国境をまず「東アジア」の中で拡散してもらう方がいいよなとこれをみてもまた思う(しつこいけど)。

まあ、それはともあれ、芸術センターという場所が、アーツのジャンルをまたがって地域の人びととともにあるべさきだという考え方を何気なくいまの期間に体現しているから、気持ちよくお芝居の始まる前をここでぶらぶらすることができる、京都モンロー主義からは大きく離れて。今日は少し暖かくなったし、な。

ただ、役所の事業名がいうような「先駆的・実験的」なんていうほど、「海と日傘」も「大収穫祭」も尖ってはいないのではないだろうか。特に「海と日傘」日韓プロジェクトは、まあ韓国の人が演じるのは少し実験的なのかも知れないが、松田正隆作品としては(今日みてまたそう実感したのだが)、古典的な趣さえ呈していて、何度見ても古びないいい戯曲なので、こういうタイトルはミスリーディングだなとも思う。

京都芸術センターの2階にある講堂は旧の明倫小学校の面影を色濃く残している場所の一つである。ここでは邦楽や伝統芸能、ダンスなどはよく行われるが、あまり舞台装置を使った演劇公演は少ない。

いままで演劇では試演会企画ぐらいだった。それが最近になって1階のフリースペース(元は体育館だったのだろうが、いまはかなりモダンなスタイルに改装され階段に座布団を並べて鑑賞することが多い)を使って、若手プロデューサーの腕が試されるような既存戯曲を活用した演出者競演を行う企画が相次いでいる。

さて、本題(ではあるがとりあえず短く)。ここ京都芸術センター講堂で公演された青年団の三浦基演出『海と日傘』である。19時過ぎから20時38分まで(企画統括/プロデューサー:杉山準)。内容を中心としてはあまりに思うことが多い(例えば葬儀の帰りのワンシーンだけでいま考えることがわんさかある)し、また時間を置いてからきちんと書くことになるだろう。

今日は、たまたま音響のトラブル(ぼくはそれも効果かと一瞬思ったし暗転の時などだからほとんど耳障りでもなかった)があったために、日曜日のマチネ(満席)以外だったらもう一度半券を提示すれば見れますと演出の三浦基が終了の挨拶の時に言っていた(もちろん杉山プロデューサーらとの判断の結果であると思われる)から。今日のお客さんはとてもラッキーなことになったなと思う。

あとは、15時からの公演にはすべて(日韓ともで計5回)託児サービスがついていることや、演劇ワークショップ、日韓演劇シンポジウムがあることなど、この種の演劇プロデュース公演における理想的なスタンダードになるのではないかと思ったという抽象的なことだけを書いておいて(これをきちんと書くと「演劇マネジメント批評」になると思われる。次のこぐれ日記431参照のこと)、27日に観る予定の韓国バージョンを楽しみにしておこうと思う。

帰り朝日新聞の鈴木京一さんと一緒になって、1994年にOMSで時空劇場の「海と日傘」をたまたま見られたという偶然について(大阪によんでいただいたために出来たことで、結局はおっさんの自慢話です)や最近のエンタメ演劇とか大学のアーツマネジメント教育の実状などを話した。

そんなこんなで、八幡市駅に着くまでいろいろだべったが、そのなかで、舞台美術や照明のことに焦点を合わせた劇評もあっていいと彼に提案したりもした。
今日の美術照明など舞台環境があまりにもステキだったために、そんなことを言ったわけ(西田聖の美術、吉本有輝子の照明/操作は魚森理恵)だが、前からそういう議論はよくされているし、そういうレビューが読みたいとぼくが思っていたからである。


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