Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》bright future
水口町立碧水ホールの上村さんに教えられたのだが(「こぐれ日記423」でミスリーディングな記述をしてしまったかも知れない)、滋賀会館シネマホールはシネマホールの主催事業がなくなるということで物理的に閉館するのではないということ。だから高知の山本さんにも尋ねられたように、別の動きがあるのだろう。滋賀にもきっと自主映画サークルなどがあるからそこが使うとかいう議論があるのだ。
なお、上村さんはシネコンについても十分に理解しているし(水口にあるからなあ)ぼくのように毛嫌いしていなくて偉い。ぼくはシネコンにまで足を伸ばす余裕がないし映画に確かに手薄だということではあるかも知れない。
それは「アカルイミライ」全国上映劇場一覧を見てと分かったことだが、単独館でシネマへの思いが強い金沢シネモンドや札幌シアターキノ、今日行った京都みなみ会館などとともに、MOVIX仙台、ワーナー・マイカル・シネマズ板橋、ヴァージンシネマズ海老名、AMCキャナルシティ13とか、よくその資本系列とか知らないシネコンにおいてもこの黒沢清作品が上映されているのだ。
アップリンク『アカルイミライ』2002、115分。京都みなみ会館。監督・脚本・編集:黒沢清。使われているのはハイビジョンカメラ(24PHD)なのだという(撮影監督:柴主高秀)。どこかぼくがデジカメでのぞく世界に似ていて、いまはみんなこんな目で町を見ているのだなあと思う。グレーゾーンがなくてそこがみんな黒くなり中間色調がすっとんでいて、何となくぼんやりとハレーションを起こしているような錯覚になる。
音楽は映画のシーンとは無関係のようなずらし感覚もあり、妙な明るさが特徴(パシフィック231)。撮影のあと作曲され、それを黒沢監督が編集のときに大胆に取捨選択し自由に組み合わせたという。
このあと続けて見たドキュメント映画『曖昧な未来、黒沢清』には、今回制作し配給しているアップリンクの浅井隆社長が出てきて、黒沢監督が5週間欲しいといったが3週間になったこと、期間(実際には3週間よりも短いぐらいになった)と予算を守りますと言ったということを証言している。
それによると、撮影中の黒沢清はかなり現場とのコラボレーションを大切にしていて演技についても、こうしたらどうだろうか?と役者の主体性に任せたり、あるシーンは助監督に「任せた」という感じですすめるのだと言う。しかしながら、編集者としての黒沢は音楽編集も含めて独裁者となる。この対比が絶妙で、ドキュメント映画とフィクションとの差は限りなくないという理由にこの「編集」におけるこだわりがあることは疑いがない。
この『曖昧な未来、黒沢清』(2002、75分。監督・撮影・編集:藤井謙二郎≒森山大道)は、メイキング映像にプラスされてそれを見て語る監督や出演者、撮影スタッフ、スタイリストの北村道子などへのインタビューからなっていて、とても興味深く、この二つの映画を使えば、学生とともにとても考えることの多い、映画における鑑賞演習+アーツマネジメント授業が出来ると思った。
15時半からの上映に、若い人たちに交じって足が少し悪いおじいさんが客席にいた。藤達也のファンだろうか。彼は、リサイクル工場を若い者一人を使うだけでやっている有田真一郎(藤達也)とともに、息子守(浅野忠信)や、‘その守が殺人していなかったらぼくがしていただろう’という24歳の二村雄二(オダギリジョー)を許しただろうか。
苦い許容。でも一度海に流れてしまったアカクラゲの群が戻ってくるのを待つには、雄二と違って、残された時間はあまりにも短い。
さらに、チェ・ゲバラTシャツをお揃いで来ている男子高校生たちを見てどう思っただろうか。ぼくはチェ・ゲバラTシャツ連にどんなアカルイミライを感じたらいいかどうかは分からないが、きっと連中もミライなんて何も思っていないということだけは確かだろうと見ていた。それは不思議な安心感だった。
27歳になって殺人を犯した有田守は独房で自殺する。チェ・ゲバラTシャツ連たちは、深夜オフィスを襲撃してもまだ少年法の対象である。
そしてさらにもっともっと若い人、守が殺した両親、藤原家(笹野高史と白石マル美が歳の離れている乾ききった夫婦の空々しいマイホームを形作っている)の娘カオリ(小南千明)のそれはどうだろう。
カオリのアカルイミライはトンネルのなかだ。両親の冷たい関係に対してずっと殻を閉ざしていたカオリ。勉強机の位置を巡って争う両親をどうでもいいなと思い(それは守も雄二も同じことだが)冷め切って(あるいは別の夢想の中で)見ていたカオリ。父が日本の卓球チームを応援する寂しい背中をバカにして見続けている母をまた見ていただろうカオリ。
お父さんのお仕事について調べましょうという小学校の偽善的な課題にあたって、お父さんは人びとのほっと一息のためのおしぼりをレンタルして社会に貢献しています、それに従業員の若い人を家庭に呼んで彼らの気持ちを把握しようとしていますとでも答えたかも知れない(ぜったいにそんなことはしなかったかも知れない)カオリ。
分からない。同じ世代の人だってほとんど分からないのにこうして書いても何もカオリのことは分からない。ぼくはかってに黒沢清監督と同じ年(1955年)に生まれて(彼は神戸市生まれ)いるから、ちょっぴり何だか親しい気持ちにかってになって彼が切り取った映像をあれこれ想像しているだけだ。
ただ、映画というのは、一緒に見ていて、同じ所で笑ったりもするけれど、自分一人だけ笑えなかったり、逆に自分一人だけ反応して、他人たちとは違うのだと自覚することがある。そういう体験(自分と他者の違いの顕現づくり)の生まれるものこそが、映画なのだ・・という黒沢監督のコトバは、否応なく、分かるのだと言わざるをえない(すべてが分かるのではないし、分かってたまるかとお互いに思うが)。
少なくとも、だから、映画は映画館やホールなど一人でなく観る必要がある。まだ、一人だけに届けるためだけの映像は「映画」とは呼べない別のものだと言ってもいいのかも知れない。
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