Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》botan-doro
メーデーへの参加は2回目。二条城前へ。今年は京都橘高校は休みにしなかったので参加は大学だけだ。哀調がかった組合の歌がステージで歌われている、アコーディオン伴奏。ここでしか聴けない音楽である。
デモは限界芸術の例示の一つであり、パレードは冠婚葬祭の基本でもある。被り物とか横断幕とか、メッセージをいかに表現するかという点では応用芸術部門ともいえる。政治のためのアーツ、そこに「素人による」が付け加えられる。アマチュアの応用芸術はほとんど限界芸術であったりそれに近似していたりする。
鶴見俊輔『限界芸術論』88頁(ちくま学芸文庫)では、「デモ」の芸術体系は、「演じる→見る、参加する」の行動の種類のなかの最後に書かれている。その他の限界芸術の例示は「祭、葬式、見合、会議、家族アルバム、記録映画、いろはカルタ、百人一首、双六、福引、宝船、門火、墓まいり」である。
無邪気な遊びとしての限界芸術(親密圏芸術=メイトアーツ)だけでもなく、ボーダーラインが結構あるわけだ。仕事歌もそうだし、冠婚葬祭のためのバンドというのも、目的は別にあったりする。神道流に言えば、客人(まろうど←まらびと←まれびと)としての神への「祭祀」(まつり)、のためのマージナルアーツたち。
ART COMPLEX1928主催ロングラン公演、電視游戯科学舘『牡丹燈篭』(総合プロデューサー:小原啓渡、製作総指揮:谷伸一、脚本・演出:国本浩康)。19時10分から。前半が80分、10分の休憩のあと60分。
公演の最後に役者名などのクレジットに続いて「セイフティーネットとしてのメセナ」である出資者の名前が映画のように流れた。関経連のワーキンググループの名前が次々あがって、ぼくの隣に座っていたサントリーの佐藤友美子さんの名前もあった(ただ当日の紙には「流行」が抜けて「サントリー不易研究所部長」と肩書きがなっていた。こういうところに特に気をつけないといけないからマネジメントというのは大変である)。
エンドロール、これは出資した人だけが味わう醍醐味。舞台の最後に自分の名前を見つけるととともに、この作品がわが子のようになるのだろうと思う。もちろん、内容に満足しないと大変なことにもなるが。今回で、本格的な「エンジェルシステム」に向けて、かなりの前進になっただろう(と推量される)。
これならぼくも出資したらよかったかなと思った、後出しジャンケンだけれど。実は前回に見た電視游戯科学舘の公演では肝心の脚本がいまいちで、せっかくの美術や照明など舞台のケレンのゴージャスさをただの商業演劇みたいに表面的だったために、出資とかの流れには乗らなかったのである(まあ、出資してしまうと冷静に見れないということもあるけれど)。
本当に前回と違って今回はかなり引き締まった舞台になっている。派手な演出はもちろんあるが、それはこの舞台に見合った効果としてある点が前回とは随分と異なって改善されたところだ。ぼくの好みでは、蝙蝠みたいなのが蛍光色で飛んだりする部分とかオオカマキリとかもなくてもいいのかなあとも思うが、それらはそんなに致命傷でもない。
佐藤さんが前半終了後に、まだこれを60分間みさせられるのかなあとつぶやくので、色々役者の解説(今回は台詞も聞きやすいのは練習の成果でもあるが、いま京都でとてもいい味を出している外部の人たちが集まっているせいでもある)をして、後半へと期待を持たせておく。終わったら彼女はかなり満足していた。確かに後半は静かに始まったりするし、うまく前半とのつなぎや、後半自体における強弱がついていたなあと思う。
だから、やっぱり前半がもう一皮剥けるといいのだろう。踊りのシーンとか(京都のダンス人材が活躍しているが)、少し整理出来るかも知れない。いいなあと思うのは、悪役的存在にうまい客演を入れたことだろう。
藤原大介の事なかれ主義の刑事役がどんどんあとになって自分の罪への煩悩者と変わっていくところや、同じように腰の曲がった用務員で登場した二口大学の真の姿が見物。少しマンガのストーリーぽいが、奥田ワレタも二重三重の顔(上司と不倫する銀行員、サイトに集まる自殺マニア、そして実はそれらを利用する・・)を持つ。
映画と同じように「ホラー系」演劇はもちろん面白いジャンルではある。ただ、装置とか、生もの故の限界は多い。それでも映像を多用しないところにこの演出の醍醐味がある。シンボリックにつながるべきカマキリというサインがイマイチ見えないこととか、検屍をしているときにひかれていた白い幕がどうも安易な感じがしたりはした。
とはいえ、ロングラン公演だからこそ創り上げられていく技術陣とのコラボレーションというのが随所に見られたし、どきりとする音を時折与える音響(椎名晃嗣)の選曲も飽きさせないものがあった。ぼくらの世代にもフィットするものと今どきの曲とがミックスされている。
もちろん、照明(藤原康弘)は小原啓渡さん自体もその出身なので、美術(松本亜希子)とともにこの電視游戯科学舘公演の最重要アイテムである。
芝居の始まる前のほの暗さ。これが結構大事な照度なのだろうと思う。そのためにうちの2回生、(つい先日まで新入生歓迎公演で役者をしていた)荒井美香さんが足元を照らして誘導しているのも、微笑ましい。
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