Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》slow style-farming
雷を伴う雨はちょうど畑(とりあえず「スロー畑」としておく)が出来たときだった。
過日ゼミ生らと耕しておいた畝の形とは随分違うものになった。新開地や新地も出来た。籾殻がランドアートのように可愛い。一番最後に3階の窓から観察して、小学校時代のスケッチ帳に今日作った畑の様子、植えられた苗や種の種類を記入する。
農のワークショップの始まり、である。
五感で感じるスロースタイル〜縁側でつづるアーツ、前期の開始。15名の予定が一人キャンセルになった。ワークショップの定員管理は難しい。主催者としては出来るだけ応募者を断りたくないし、実際に参加者の満足を大きくするためには、ファシリテーターやコーディネーターは人数を増やしたくない。この間の調整になる(あとで述べるように、均質的な多数者が集中する問題もある)。
パーマカルチャーということばが今回はクローズアップされたために、京大大学院の工学系(情報システム)の研究室が教授ともども過半数の参加になって、午前中のトークの際、中年の二人の女性は心配そうだった。でも、いったん「スロー畑」に出ると、このお二人は実践的で、とても楽しく積極的にワークしていて、ほっとする。
あと、意外にも女性が少なかった(京大組が男性ばかりだからである)のだが、若い女性参加者たちも徐々に楽しそうになって(散水とか看板描きもやってもらったし)、はじめの試み〜ファシリテーターの布瀬真央さんもこういう長丁場のワークショップははじめてだったが〜なかなかに多くの成果があった。
とりわけ作業などの過程でのコミュニケーション(京大組もコミュニケーションとか共生を研究しているだけあって柔軟に対応していた)とか創発的なアイディア産出が嬉しかったし、それを加藤さんや小松さんが記録してくれているので、その記録ビデオや写真を見ながらいろいろなことを考えることができるだろうと思う。
専門ゼミ生たちの役割も、当日パンフが予想以上に評判が良く(午前中に駆けつけてくれた納谷さんにも感激してもらった)、小鹿さんのアシスタントとして雑用もふくめてよく動いてくれたと思う(ただし、小鹿さんがとても気を使っていたので、これは雑用からするのがアーツマネジメントの道だということをうちらの学生は身体で理解しているから、安心して彼女たちを使って欲しいし、問題のあることは指摘して欲しいと、あとの餐間での反省会では彼女に伝えておく)。
雑誌『ソトコト』の取材に来てくれたのが、沢田さん(前エルマガジン編集長)だったのにもびっくりする。きっと、用務員の長野さんが丹誠をこめて作っていた培養土のこととか器用仕事の数々など、彼女の視点で山のすそ野にある小さな女子大の魅力(いつもは坂道の多い不便さばかり目立つ所だが)も含めて取材してくれただろうと、ぼくは安心している。
帰ってから翌朝にかけて思ったことなのだが、この京都橘女子大学での農のワークショップ(五感で感じるスロースタイル〜アーツでつづる縁側)で考え足りていないことが色々あった。とりわけ2〜3の論点、すなわち、これがアーツマネジメントとしての視点であるとか、限界芸術への眼差しがどう広がるのか、そんなことはもう少しじっくり考えないといけない。
そしてパーマカルチャーを頭で理解しようとしている人たちや家庭菜園を楽しむために来ている人達へ、その日常的な楽しみにアーツの面白みと揺さぶり、とっさの瞬発力を味わってもらいたいのだ。異分子であると初め思い、居心地悪くそこにいたこといたが嘘のようになって、同じ畑をばらばらな出自の人たち同士で眺めることの貴重な経験を大切に掬っていくことが必要なのだ。
マネジメント的には、当日に来られなくなる人数を予め考えていなかったらしいこともこちらのチェックミスだし、もっと難しい問題としては、ワークショップの過半数が同じゼミの教授と大学院生で占められてしまったということについての事前予防的対処方法を次回の教訓にするがどうかも考えなくてはいけない。今回はソフトな感じの参加者たちだったからまあよかったが。
前半のレクチャーが日頃から慣れた大学院生たちに有利なタイプのものになって少し長すぎたのも反省点。初めに身体を使ってから、間にレクチャーを短く入れるとか、現場で話すようにするとかがあると、より早い段階でリラックスしていけたかも知れない。
誰でも参加できる(先着順にしてあとはキャンセル待ちにしていた〜ぼくに直接尋ねられた人には定員がいっぱいだと話して諦めてもらっていた)ということには、こういうリスク(均質的な人たちの圧迫感と少数者側の疎外感)をいつも背負うことになる。考えてみたら関西女性アーティストファイルでワークショップははじめてだったから、少し選定方法を考えてもよかった。人数制限ばかりこだわるのではなく多様性の配慮が必要ではなかったかということだ。そのためには、先着順ではなく、多様性を考慮した(男女比や年齢層比のばらつきを最大化する)抽選というのも考えられた(?)のかも知れない。
限界芸術的な側面では、プランターがわりに廃物利用として、棄てられた洗面台やヘルメット、穴あきやかん、大きな袋などの利用はとても面白くて、応用がきく。キャンパス内に設置するところは、まず危険を考慮しないで自由に置いて、実際の安全チェックを総務課長も入ってもらって、参加者とともに出来たらもっとよかったかも知れない。
ぼくも、この下を文学部の教員が通るとかよく知らなかったし、どうして調整池の網を蔓がはったらいけないのか、聞くと薮蛇だったので聞かなかったが、うまく管理側の立場を聞き出しながら折り合いをつけていく部分があると、パブリックなインスタレーションアートの有り様を考えるワークショップにもなったなあと思う。でも、これは、時間的にスロースタイルではないから、逆にうちのゼミなどで継続して引き取っていくのがいいのだろう。そういう面でもHPを作っておくと、色々と参加が限られていても面白く交流できたのだろうなと思う。
「こぐれ日記」の扉へ
無断転載禁止 掲載:アーク編集室