Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》Popol-Vuh MADOROMI

vol.485.
10/25(土)
ポポル・ヴフダンス公演『まどろみ展望台』京都市東山青少年活動センターへ

しげまつ耳鼻咽喉科へ。鼻のなかを覗かれるのはやっぱり不思議な気持ちがする。涙がつーっと出る。看護師さんが拭いてくれる。腫れているのは昨日焼いたため。これで授業中に鼻血がドバ、とかの心配は遠のいた。

京都橘女子大学へ。大学祭。インターゼミナール午前の部の終わりの方を聴く。一人が旅に出てそこで普段できない夫婦の会話をしましょうと言ったら、別のパネラーの女性がまず自宅で夫婦の会話を徹底的にしなくちゃ逃避しているだけだという。なんだかめずらしくエキサイティングしていた。本気になれることはどちらにせよいいことだ。

これは、その経験から二人の関係が変わるぐらいのステレオタイプ化しない未知な体験なのか、それとも娯楽的逃避だったりありきたりの観光疑似体験なのかの違いに、ほんとうの問題の所在がある。そういう質をまちづくりも観光も考えていないから、かみ合わないのだ(アーツではつねにそれが問題なのだが・・だからスロースタイル的なタフでも大学祭と一緒にすることはできないのだともいえる)。

地下鉄東山駅から歩いて東山青少年活動センターへ向かう。バスは混んでいて進みも悪いから。15分ぐらいで着く、以外と近い。入るとどこから先生!!という声が複数こだまする。2回生の地域文化行政論を受講する学生たち4名が座っていた。見覚えがあるようなないような。

聞くとみんなバレー部。そうかいつもジャージ姿だからぱっと見まるでわからなかったのだ。市橋さん、野上さん、楠瀬さん、そして田中さん。芸術を鑑賞するというのはまるでチャンスもなくしたがって苦手のようだが、帰りエフィッシュで話をきくとずいぶんと権威から自由で、文化政策に思い入れが少ない分すがすがしい。

京都市東山青少年活動センター、ポポル・ヴフダンス公演『まどろみ展望台』(振付・演出:徳毛洋子)19:05〜19:55。ただ開始前にテーブルを囲んで出演者がだべっている。携帯電話の注意もしているのだがバレー部の4名には通じなさそうなので、改めて注意を促す。

葦田幸代さんが制作にはいって、2回生の野木美和子さんが葦田さんの呼びかけで彼女の制作アシスタントをしている。ダンス公演学生鑑賞モニターという制度を作ったけれど、肝心の京都橘女子大学生はゼロでしたと野木さん。伝えることのむずかしさは十分体感しただろう。モニターとなってレポートを提出すれば鑑賞料が無料となるというなかなかにいい制度であったのだが。

ポポル・ヴフは偶然もあって島之内教会での立ち上げからかなりの頻度彼女たちのステージをみてきたけれど、今回の50分間は断片をばらばらに提示しているようながら、ただ孤立した点が散らばるのではなく、いくつかの線をむすんだり、広がりをつくったりする可能性を残している点で特筆すべき公演だったと思う。

点を線にし面で感じることは、じぶんでそうすればいいので、強制的に教えられたりステージ上に解説があったりするのではないのである。たとえば、映像をつくったPUBWAYの動画のなかに、風力発電かなにかの風車がある(この映像たちは、椅子のうしろにぼんやりと映っていて「まどろみ展望」の感じがよくでている)。

そのぐるぐる回る風車の映像が心に残っていたら(映像自体も反復するのだが)、後半のダンスデュオに、腕の半分をぐるぐるまわすというけっこうそこだけは激しい部分があって、その風車と腕のぐるぐる回転とがぴったりと結び合う。するとどうしても言葉にならない愛おしい気持ちが生でこみあげてくる。

回る腕のさきが赤く色づく。手のひらに血が流れて紅くなったのだろうか。これは学生たちもとても不思議がっていた(こういうそのものだけを見る経験をすると、けっきょく意味わからなかった、ストーリーはなんなの?というお決まりの観賞後の質問からいくぶんかは遠ざかってくれるはずなのだが)」。

舩橋陽は前半ギターでとめどなくアルペジオなどを奏で、自分でディレイして合奏を繰り返す。そうしながら自律的に高まったり静まったりする。音の流れがダンスやつぶやきを邪魔するでもなく、でも環境音楽のように気持ちよくBGMにはならず、ゆるい緊張感を維持している。

いいなと思ったのは生演奏からDADかなにかの録音での音楽にかわる隙間の処理だ。海から陸に海岸線がすぱっと切れるのではなく、海になったり陸になったりする渚がゆれて存在するように、その音たちが半分重なっている。そうだ、これは音楽だけではなくて、じつは全編がそういうオーバーラップのステージであった。オーバーラップしつつしぜんとフェイドアウトする、そんなプロセスを通じてダブらせ消える時間の停止あるいは揺り戻しを、ステージの意識的な構成として幾重にもつくっている。

「逢魔が時」(おうまがとき)という言葉を思い出す。「大禍時」が変化したという。あぶないときだが、漢字の変化でそのニュアンスはより含意的になる。
夕暮れ、黄昏、そして夜の帳。その隙間のどこの時刻にもないひとときに、すっと子どもが人さらいにあったように姿を消す。あるいは、このときにだけ、植物人間になった人も幼児の頃を思い出す。そんなときが「逢魔が時」の特徴なのである。逢うことが魔性を帯びるということってそうざらにはない。まだら呆け状態になるのもこの時間帯だ。

右指と左指だけのダンスでの冒頭。椅子の座り直し。手を振ってタクシーかなにかをとめる仕草。そとを眺めて窓をあける?・・・
ポポルヴフが中京青年の家で見せたずっと走っているような青春しているダンス(ポッケなどに手をやり探しているものはなんだろう)がけっこう印象深いのだが、今回もそれにつなながる後半部分があって、じつは前半にもそれに繋がる、かがめて女が走るシーンがあった。

「月を愛でる」部分で、声が反響しいっきにそれまでとは別の空気が流れ出す。それまでの出だしの空気感をつくる丁寧さに若い学生たちは耐え切れたかどうか、そこがコンテンポラリーダンスをまじめに創っていくときにぶち当たる関門である。ストーリーを探すことはそのうちに放棄したとしても、じぶんでシーンを繋げることができるスロー鑑賞ができるのかどうか、これはぼくの大学での課題でもある。


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