Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》funera arts management-3
京都新聞の文化報道部の方からエッセイを依頼された。まだ書くのは早いかなと思いつつ、いま関心がありすぐ書けるのは葬送芸術論しかないと思い、できるだけ自分の関心事に則しつつ平易に書こうとして以下の原稿を送った。ところが編集の方から冒頭の文章が少し刺激的すぎるということで、自分でも納得して書き直した。
その結果「明治時代になると、都会では花車を出し楽隊を呼び鳩まで飛ばしたというから、現代芸術もびっくりである。」という文章を削除し、「葬送は、いまもむかしもくらしの総合芸術である」というはじめの冒頭部分のかわりに、「芸術をくらしとの接点から研究しだすと、葬送は多くの芸術を内包していることに気づく。つまり、くらしの総合芸術として葬祭を考察する視点が得られる」というふうに丁寧な文章に変えた。
京都新聞をとっていない方も多いと思われるので、以下、もともとの文章を行替えスタイルをいつものこぐれ日記と同じにして載せる(上記以外では向こうの表記上の統一による訂正があったり、少しいま言葉を足したりしたが、ほとんど趣旨はかわらないものである)。
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【お葬式のなかの芸術】
葬送は、いまもむかしもくらしの総合芸術である。
お祭りがかつて信仰を伴うむらの楽しい総合芸術であったように、お葬式もまたさまざまな芸術ジャンルが、慎ましやかに(ときには盛大に)、その役目を担ってきている。それらは、故人を悼み記憶を心に刻む葬送の機能を補助し、一回限りの告別式を演出するための芸術である。
たとえば、「インスタレーション」(一時的な立体美術)としての祭壇。遺影写真から遺影ビデオ、故人が愛したお花のオリジナルな祭壇までいまこの領域の展示術は急激に多様化している。また伝統的なお焼香や献花という参加型演出は、香りつきのミニマムなダンスであり、読経は声明、日本音楽のルーツである。
むかしの野辺送り、その葬列は動く美術でもあった。同時に演劇など舞台芸術の始まりを夢想してしまうパレードでもある。明治時代になると、都会では花車を出し楽隊を呼び鳩まで飛ばしたというから、現代芸術もびっくりである。
そしてこの葬祭芸術は地域ごとに特色をもち、共同生活の本領が発揮される手づくりの行為として息づいてきた。「村八分」されていても残りの「二分」の火事とお葬式はみんなが手伝った。それぐらいお葬式はむらの存立に欠かせないものだった。
昨今芸術を社会課題に向き合わせその有効性をアピールするために「コミュニティ・アーツ」の必要性が叫ばれているが、この葬送行事はそれ自身意識されないアーツとして、大切なむらを守る「結(ゆい)」であり、人びとを規定する独自な地域文化にもなった。
もちろん、ご近所の助けを借り自宅で手作りのお葬式をあげることはいまのくらしではできなくなってきている。マンションでは遺体を運び込むこともできない。京都や滋賀ではまだ伝統的な葬送が残っていて、それは都道府県別の葬祭会館(斎場)数をみると一目瞭然である。しかし、それでも少しずつ必要がその建築を促すだろうと思う。
いま斎場は何々ホールと呼ばれるようになり、告別式では音楽葬を演出することも可能になってきた。毎年百を越える数の葬祭会館の開設が続き、数も公立文化ホールを超えるぐらいになっている。熱心な営業努力によって、稼働率もおおむね高いと思われる。
正確には、結婚式が結婚儀式と披露宴からなりたっているように、葬儀も葬儀式と告別式にわけて考える必要がある。そしてこの二つを別々に行い、親密な人たちだけの弔いと多くの人びとが参集する「偲ぶ会」に分けることも可能だ。ただし、そのどちらにも親身になった演出の智恵と芸術的センスが求められている。
これらの変化を地域文化の喪失と嘆くのか、自分らしい葬儀への展望とみるのか。葬祭ビジネス側も地域の伝統の尊重と個性ある表現とのバランスをつねに考える必要がある。
ともあれ、アーツマネジメント(社会と芸術のえんむすび)を研究している私がこのように葬祭を芸術的視点から観察してから日は浅く、毎日、電車で見かけた異性に惹かれて同じ車両に乗ることにした中学生のように、葬儀と芸術の関係を考え、新しい発見をするたびにどきどきしている。
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