Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》COCKPIT*OKAJIMA Hideaki

vol.505.
1/22(木)
新風館3階トランスジャンル『お父さんのコックピット〜お茶会編〜』台本・演出:岡嶋秀昭(劇団衛星)

新風館3階トランスジャンルでの劇団衛星公演。今回も面白いことを考えていて、まず平日の14時半という設定がなかなかにユニーク。公演は一昨日に見た「コックピット・コンセプト2〜人民的事情〜」(注:末尾にこぐれ日録を収録)よりも30分短い1時間。台本・演出:岡嶋秀昭。人民的事情では顔を腕が飛び出した人間ポスターも意外感を出してうまく使っている。

もともと、コックピットという場所(美術制作は藤原康弘)に入り込んでの窮屈な空間としての劇場づくりというのが独特だったが、今回の「岡嶋秀昭のコックピット」改め『お父さんのコックピット〜お茶会編〜』のように、せっかくあるんだからこれをそのまま使って、違う人が作・演出しちゃえというのが、劇団衛星的乗りのよさなのだと痛感。

前売り1000円というのもお得だし、セット料金も3種類作ってあったりする。今日と最終日の日曜日は3回公演でしかも3種類の上演。役者はごっちゃにならないだろうか。

というのは、20日みた新作では、まだ台詞の流れが完全に出来きっていなかった感があったが、この「お父さん」では、普段の岡嶋的時間がそのまま流れているためか、力が抜けて、仲間内の劇団員との素の部分ものぞき、じつにスムーズに話が展開されていた。

コメディとしての味わいがキチンと提供されていつつ、しかも悲しい部分もあったりホームドラマにもなっていて、ギャグ的な中に色んな要素が集められていると感じた(ちょっと誉めすぎかな、でも終わった後がなかなかに気持ちよかったので素直に書かせてもらう)。それにしてもブルーハーツみたいなトホホパンクな歌は自分たちで作ったものなのか、それとも有りものなのか、よく分からないのだが、随分といけている。

役者のなかではとくに、蓮行の悲しいトリさん役に注目。自分が演出するときには、比較的軽い役であったりするのだが、今回はちょっとぐすんとさせるメール朗読があって、なかなかに気持ちよかった。ファック・ジャパンのお父さんと金田典子のお母さん。お母さんの現実主義は少し典型的すぎるけれどコメディなのでこれでいいのかも知れない。

紙本明子はコンセプト2に続いてなかなかにカワイイ役をやっている。コンセプト2では奈良弁になる変化が面白かったが、今回はラジカセカラオケでの登場が昔の衛星的若さをもたらしている。コックピットがここではお父さんの居場所になっていた。そして「人生」とか重い言葉を禁じた軽いお茶会とホームページ上の匿名遊びのリンクがベースとなる。

後半に重くなるのだが、その重さへの変化がもう少し丁寧に描いていくと、けっこう深いひきこもりへの眼差しを生むかも知れない。飴が配られて、役者と一緒に舐めるのが、重いシーンのクライマックスである。黒木陽子が演じるポカリスエット(お茶会での名前)のある行為で、当日パンフのごあいさつにあった「本編には『うんこ』は一切出てきません。ご安心を。」をゆるく裏切るという結末もなかなかにおかしくてかなしい。

そのあと、磔磔のふちがみとふなとカルテットの演奏会へ。19時15分ぐらいになってしまって、すでに始まっていた。実はビール2本を続けて飲んだこともあり、いい気持ちで聴いていて、メモもとらず、そのうちついうつらうつらしたのだろう、気がつくとすーっと終わっていた。

千野秀一さんのピアノと大熊亘さんのクラリネットなど管楽器が名サポートするなか、ふちがみじゅんこさんの歌がいつものように伸びやかにやってくる。そして、船戸博史さんのウッドベースも楽しげにリズムを刻んで。

いつものあの歌この歌に出会うことって、やっぱり懐かしくて気持ちがいい。また新しい曲も演奏していた。グルジアとか言っていたっけ、そこの民謡とか(ごめんなさい、記憶が薄れていて・・)。

(注)こぐれ日録1/20より
劇団衛星1月興行『劇団衛星のコックピット・コンセプト2〜人民的事情〜』作・演出:蓮行。20時半から22時前まで、新風館3Fトランジャイルにて。初日。3種類のコックピットをするということで、結構役者は大変だなあとおもいつつ見る。中国語の部分は制作をしているアッコ=スンが活躍しているのだろう。

紙本明子が主役みたいで、その相棒というか、二人だけ意志が通じるのが使用人ということになっているファック・ジャパンの役。とてもあほくさくてはちゃめちゃで。もたもたしている感じはあるし、映像もちゃちなところがまだ少し滑る。それはそれで堂々ともっとするとあほくささが徹底していいのだろうなと。

でも、ぼくはここがいつもいいと思ってしまうのは、すかしていないところだと思う。つまり、そういうあほくさいことをしていることをクリアに自覚しつつ同世代のいま(20歳代後半ぐらいの人たちの生態が中心だが)を見つめているところに誠実さがにじみ出る。


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