Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》NARA:KAIDAN-IN,SHINYAKUSHI-JI

vol.501.
1/3(土)
「奈良:戒壇院、新薬師寺」

さきははじめ一人で奈良に行くと言っていたのだが、お父さんと行くと昨日言いだしたのでついていく。そのために予定していた一心寺シアターでの新春落語会はパス。でも、とても楽しく充実した奈良遊びだった。そして帰りとても無口になった。かなり疲れたからだ。

地下の近鉄奈良駅に着いて普通は奈良公園側にあがるのだけれど、県庁(前面はゆったりと回廊になっている)側に今日はあがる。人が少ない。なぜか神戸のメロンパンが売られている。奈良には食べ物屋が少なく高い(これは観光地値段だからだ)ので、おむすびを持ってきた、同じおせちでも弁当にするとまた美味しいのだ。

出店が続く春日大社へとほとんどの人が向かうのが奈良の正月だ。車の制限をする拡声器。正月は卒業旅行などの集団旅行客がいないのがいいねとさき。そのかわり、春日大社の案内マイク音とPAつきかも知れない太鼓パフォーマンスが静寂を壊している。

でも交差点地下通路を東大寺の方に抜ける人はだれもいないので、東大寺戒壇院への道は美しくて心静かになる。大きなタヌキのある蕎麦屋。続く塀。閉まっている小さな美術館の前に人力車がいて声をかけられる。また疲れたらね。疲れたらもうだめになるから、いま乗ってよ。ちょっとしつこい。この男の人を、14時ごろ猿沢の池の北側で発見した。空の人力車をひっぱっていた。

大きくない屋根が階段の上に見える。たぶん戒壇堂だろう。右手にはぎらぎら光る金の飾りが付いた大きな屋根があってあれは大仏殿だろうな。こちらはじつに素朴な佇まい。何度も来ているのになかなか特定できない。庭の砂がじつに綺麗に整序されている。こんなに広かっただろうか。いずれにせよ東大寺は戒壇院に尽きる。

四天王(持国天、増長天、廣目天、多聞天)が守る仏像が小さくて(模造だが)、空間が広々としているから、その間に多くの気持ちと願いをこめることが出来る。それが一番のいいところだ。見上げる像と自分の距離の近さ加減、近くの四天王の背後にいるもう一つの四天王を観るときの懐かしさと険しさ、そんないろいろな体験がこの小さな空間には詰まっている。

はじめて行ったのは中学生のときだっただろうか。ずいぶん記憶が混濁している。夕方、ほとんど薄暗くなった部屋の中でずっと四天王を眺めていた。眺めていたというより一緒に同じ空気を吸っていたという記憶の残渣があって、そんなことはなかったはずだが、同じ壇上にあがって座って観たと錯覚している(戒壇に上ることは受戒を授けられる僧のみだからあるはずはないのだが)。

今日は室内がとても明るく(冬の午前中の太陽光線は低く長く室内へやってくる、砂の反射も手伝って)、こんなに肌が白かったかと驚く。手があまりにも華奢で武人の手ではない。ところどころに緑や朱の色合いが残っている。四天王に踏みつけられている邪鬼もずっとこうして世の移り変わりを観ている。押しつぶられそうになりながらまだまだ居りあらば暴れようとしているのが感じられておかしい。

大仏殿から二月堂へ。手前の小さな四月堂にはじめてあがらせてもらう。普段は観られない象に乗った仏様もあって、なかなかに趣がある。少し歩いたので畳に座るのも嬉しい。大仏殿の大きすぎる世界からこじんまりした設えへ。受付の初老の人もどうぞどうぞなどと声をかけている。携帯電話から私用の電話をしているその姿も微笑ましい。

三月堂(法華堂)は国宝の塊。でも四天王は戒壇院にあるものが一番である(東大寺にある四天王はかなりひどい)。それにごちゃごちゃありすぎる。日光、月光両菩薩だけにしてあげたい。座る椅子のところについている蛍光灯も余計なもの。もっと薄暗くていい。それよりも側面にも行かせて欲しい。

若草山で食事しようと思っていたがここからは入れない(もっと南からだったらいけるが)。お茶屋と若草山の間でランチ。さきが握ったおむすびは大きいので満腹。遠足はミカンだ。
ここから春日大社へいくが、このあたりで草臥れてくる。はじめに春日大社へ行かないでよかった。神楽始めとか書いてあったので、それを観ようかと思ってもいたが、きっとつまらないものだっただろう。

新薬師寺への路は常緑の木々に覆われてなかなかにステキである。ところがマイク音が響いて情緒の欠片もなくなってしまっている。人が大勢来るなあと思ったらみんな路上駐車をして神社へと向かっているのだった。細長い柿を撮している人をみながら新薬師寺に入る。入口に金色の大きな蛙がいる。目が金色の黒い猫もいる。

よくないのは境内に音楽が流れていること。それがなければとても気持ちよい場所なのに。びっくりしたのは室内も音楽が流れていて、とっても趣味が悪いのだった。鐘がたまに鳴るぐらいがちょうどいいのに。ステンドグラスももちろん余計な明かり。

でも戒壇院に次いで昔から大好きな所なのでここで締めくくりとした。薬師如来が盗難に遭っていたことをはじめて知る。何とか大将と呼ばれる12神がいて、エキゾチックな風情が好きなのだ。これが干支と連動している。庶民的な干支信仰との結びつき。ここのそばに写真館があるのだがもちろん休館。残念。

興福寺をさっと通ってならまちへ。小さな祠でいっぷく。河瀬直美監督映画『沙羅双樹』でキスをした場所じゃないかしらとさき。もうぼくはその場面をキチンと思い出せない。ただ水仙がとても清らかに香っていた。


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