Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》HIBAKUSHA

vol.514.
2/29(日)
鎌仲ひとみ監督『ヒバクシャ〜世界の終わりに』CAP HOUSE

雨があがる。もそもそっと家を出る。

CAP Modern Print Exhibition。どういうグループかは知らない。2階のギャラリーや小部屋、廊下と1階に少しの展示。17名の刷り物が並ぶ。知っている人は藤本由紀夫のみだが(「disk」という白い同心円に薄いピンクの色づけ。NORMAL BRAIN FRAGMENTと描かれてある)。

銅版画あり木版画あり。でもどこか共通する空気がある。沈潜しないなかの静かさ。表面的ではないが自己主張もないさりげなさ。たとえば、安井良尚のアクアチント銅板は、おぼろげな形象の「night fish」だったり「fish in the deep」だったりする。1階の壁には、日々連鎖的に増殖する絵(楽しい落書き風に、桃太郎がテーマに)

ここで、重い映画を監督の話つきで見る。劣化ウラン弾という重金属による被爆という重さ。地球全体の放射能汚染という重さ。それが自衛隊派兵という今日性やマクドナルドのポテトや牛丼の牛肉とつながる日常性そのものとの関連という意味での重さ。過去のことでもなく遠い世界についての義憤でもない。よそ事でない重さとつらさ。そういう幾重にも連なる重さである。

手紙で下田展久さんから、長いですよ、と言われていて、今日もあいさつで東野健一さん(彼の紙芝居絵巻と大きく通る声、きっと山科の商店でも似合うだろうなあ・・)にも、長いフィルムであることが強調されていた。

確かに、ヒロスさんのカレー(食べ終わったあと、口の中に香辛料がはーっと広がったまま帰っていくのだが、あるときすーっとそれがひく)を食べて20時までいれば長い日曜日となるわけだが、監督の話と映画はじつに短かった。短いというのは言うまでもないが内容が薄いというのではなく、内容がありすぎて、もっともっと聴きたいし見たいし考えたいと思っているうちにすぐ終わるという意味で、だ。

ドキュメンタリー映画『HIBAKUSHAヒバクシャ〜世界の終わりに』(2003年、116分、制作配給:グループ現代)の上映会。CAP HOUSEの1階の部屋にソファーや椅子がしつらえられ、ビデオで鑑賞する(まったく問題なし、16mm12万円で上映できるという)。満員(50名ぐらいか)。

15時からまず監督、鎌仲ひとみの講演。「世界の終わりに」というタイトルが暗すぎると興行する側から言われた。でも、やられる方の視線から映画を作ると、こうなるのだ。イラクの少女ラシャが「私を忘れないで」と書いた小さな紙切れ。彼女の世界の終わりをどう描くことが出来るのか。鎌仲は大学での卒業研究がマルセル・デュシャンだったという。彼の言葉(墓碑銘?)「されど死ぬのはいつも他人」を引用する。

鎌仲さんは、1990年、バリ島で踊るオジサンのドキュメント映画を撮る。でも上映したとき、客は3名でそのうち2名が寝ていたという。一方、NHKの番組を作ると500万人が見てくれる。だが、アメリカマスメディア(軍需産業とコングロマリット関係)の垂れ流しに日本のメディアもなっているわけだ。報道されないことが多すぎる。

以後、岩波映画で阪神淡路の震災における医療ドキュメントを撮って、今日の主催団体、ACT KOBE Project 21のメンバーになる。1998年NHKの仕事でイラクの取材へ。このときは白血病の少女の死(この当時、60万人がすでに薬が制限されることで亡くなっていた)をアメリカによる経済制裁(とりわけ抗ガン剤)の問題として見ていた(「戦禍にみまわれた子供たち」1999)。(そのあと、彼女は話さなかったが「エンデの遺言〜根源からお金を問う」など大切なテレビ番組を作っている。)

ところが、帰ってきて、ラシャたちの発病の原因は「被爆(ヒバク)」と教えられてびっくりする。いままで原爆被害は58年前のことで、過去のことだと思っていたのだ。自分も被爆した(原爆投下後すぐに広島爆心地へ赴き低線量被爆した)肥田医師に教えられて、彼と共にアメリカにも行く。

アメリカでは映画にあったようにワシントン州ハンフォード核施設の風下の農業地域で、放射能被害を訴える農民トムを取材。抗議をしている人たちだけではなく各施設の無謬性を主張する(でーた!でーた!でーた!)学者や、トムの弟でフライドポテトやポテトチップスに適したジャガイモを作っているテリーの声も伝える。もし日本にここでの作物(牧草の半分は日本に輸出、黒牛もいた)が核に汚染されていると知らされるとどうなるのかとも思っているのだろう。こういう部分が特に興味深い。

鎌仲さんは2002年に再度イラクを取材する。当時はサダム・フセイン政権下。一人情報省の監視役がついてくる。その彼が、何もない農民の生活をずーっと撮り続けている鎌仲さんに言うのだそうだ。どうして何もない日常の生活を撮るのか。それも同じ所ばかり行って。いままで来たジャーナリストは同じ所には二度と行かなかったのに・・。

映画はそういうことでとてもここで書ききれないほど多くのことを思っているとすぐに終了してしまった。イラク派兵の自衛隊が劣化ウランの被害に合うだろうこと。重金属の被害が放射能による遺伝子損傷にプラスされ、イラクの石油精製の黒煙で余計に危なくなっている現地に晒される。そんな自衛隊兵たちは帰ってきて、やがて子どもが生まれていく、その子の運命は。放射能によるDNAの傷は、ほとんど劣性遺伝なので孫のときが一番発症するのだ。

もちろん、湾岸戦争から続く帰還したアメリカ兵たちのの被爆のこと。放射能を浴びた地帯からのアメリカ輸入作物のこと。チェルノブイリから10年目に東北中心に乳癌死亡率が突然増えたこと。北朝鮮に対して濃縮ウランの禁止を言う資格のないアメリカの身勝手さ。

核汚染の事実があっても、症例がさまざまでかつヒバクシャでなくてもある病気なので、原因が特定されないという歯ぎしり。被害者の不安きわまりない人生のこと。被害者が出ても民主主義と平和を守るという大義のもとでは仕方がないとつきすすむ政治家のこと。それにしても、地雷と同等に(いやそれ以上に怖い)劣化ウラン弾だけでもいますぐ何とかならないのか!


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