Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》DOSproduce vol.1
小雪が舞う寒い日。マチネの学生によるこのお芝居が終わってから、アルティでブヨウフェスティバルを観るまでのあいだ、しばし京都御苑で梅を楽しんだ。ここには桃もあるから、今年は桃の花も楽しみたい。
この土曜日は珍しくたまたま何も入れていなかった(どうして入れてなかったかという理由は「こぐれ日録」を観てください)。そこに、去年のコンソーシアム京都での「アーツ&セラピー」受講者だった石井庸子さんからメールが来たから、京大のそばのスタジオヴァリエに向かった。
石井さんは、4月に同志社から早稲田に戻って、また京都に来年は来ます(就職はしないで大学院へ行くらしい)って言う。元気だ(今日は役者にもなっている)。何だか明確に演劇をし続ける学生ってホントに珍しいから、すでに絶滅種寸前かも知れないがやっぱり応援したくなる。
京都中の学生劇団による初の合同公演、DOSプロデュースをするというわけ。
なぜか、カムカムミニキーナの2002年の作品「エメラルド」であるらしい。これは近鉄小劇場でやったらしいがぼくは見ていない(去年BS2で放送もしたらしい)。OMSでみた印象では寓話のような世界を描くのが好きらしく、ナイロン100℃と大人計画に遊気舎が交じっているような印象をもった。もちろん作、村松武。
そして演出は、仏教大の学生劇団紫の掛川弘一。長いだろうな、と思ったら案の定2時間以上だった。14:06〜16:15。京都橘女子大学の学生も制作で2名入っている。
早く着き過ぎて、開場まで界隈を散歩。風呂屋にパーマ屋、花屋に菓子屋。近隣の商店街がここは生き生きと残っていて、店も新しくなったりしている。聖護院のそばだったんだ。だから元祖八ッ橋屋があったりするわけ。
スタジオヴァリエではちょうど満員ぐらいの40名ほどの入り。学生に交じって年配のグループも。きっと学生の誰かの祖父母関係なのだろう。ぼくもはなやさきの子供(産むかどうかわからんけど)がステージに出る頃、こうやって見に来るのだろうか。
それとも、もう大学で演劇などしなくなっているかも知れないな。徴兵制があってそれどころではなくなるとか。いや、大学とかいう制度がなくなっているかも知れないね。
さて、『エメラルド』。大きなエメラルドが舞台の前方に置かれている。宝石店のケースのなかという設定。これを巡る物語!のはずなのだが、けっこういい加減に扱われるエメラルド。ぽいって落としたり。魔法のランプとその魔人もそうだ。このいい加減さがカムカムミニキーナの味なのだろう。
複数の過去と、もう一つの世界(海賊船の甲板)。世界が入り乱れるが、どちらにもいささかのリアリティもなく、一番リアリティがないのが、「いま、ここ」であるはずの佐藤宝石店である。それは、学生の未熟な演技が輪をかけて、スカスカした時代(その時代を生きざるをえない自分たち)を感じさせてくれる。
いまはこうして落ちついて舞台を振り返って書いているが、始まったときは最後まで見続けられるだろうかと、じつは不安で下を向くことが多かった。
こんな小さな場所でしゃべるのだから、どなるのはよして!とか、吉本みたいなやりとり(子どものトミ/千本明日美/が小さいから台にのぼらないと見えなくなるというギャグ)はサムイ!、歌を歌うのならもっとキチンと!とかあれこれとメモを取ってやりすごしていた(たとえば、創作は学生がして、演出を力のある先輩にしてもらうという経験も必要になるだろう)。
だが、本の力もあるが、そのうち結構気持ちよくなり、最後の挨拶ではかなりしっかりと拍手していた。段取りの悪さ、テンポの悪さ、これは技術の問題ですぐに改良できる。よかったところは、運ばれる深海魚の大きさ。このなかに、店員佐藤(田渕☆理恵〜彼女は京都産業大だという、衛星の岡嶋的伝統がここにはあるのだろうか)が入ってしまえばもっと面白かったなあとは思いつつ。
とりわけ三人のトミの抒情と逞しさの過程に、彼女たちの可能性を感じた。女優はやっぱり舞台での視線にさらされるのが何よりの滋養である。とりわけ、主演がそれで磨かれる。客席からの憧れ目線が彼女たちに照射されることで、女優はがぜん美しくなるのだ、男優たちがいかに彼女を取り合ってもそれだけでは足りない。
きっとこの三人(千本明日美、松本幸恵、佐藤美帆)はこの舞台でまた大きくなったのではないか。一番美味しい役は、出番は少ないが松本幸恵の思春期トミ。じつは思春期トミの姿を見てからぼくは舞台を直視するようになった(15.16.17と、わたしの暗い人生だって輝くのである)。
シンデレラと同じく、下女が見返す寓話は普遍的である。シンデレラは殺人者だったといわれているが、成人して強くなったトミ、佐藤美帆にもそういう残忍性がもっとでたらよかったね(彼女は良き隣人そのままのキャラだから仕方ないか)。
ところどころ楽しみな要素が散らばってはいた。だが、いちばんよかったのは、彼ら彼女らの挨拶だった。いままでの芝居を忘れたいように、飛び上がる彼ら彼女ら。そうだ、はじめての公演っていうのは、終わった直後が一番気持ちのいいもの。
それは、期末試験が終わったあとの開放感と虚脱感とまるで同じだ。合同公演だからいつものような演技も出来ず、かなりこれでも気を使って演技をしていたのだろう、そういう若者の気持ちがぜんぶその最後の挨拶で出ていたんだ、きっと。
「こぐれ日記」の扉へ
無断転載禁止 掲載:アーク編集室