Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》NO-MA pre-experience & a little another place

vol.520.
3/20(土)
はたよしこ-山下残ws『右脳バンザイ体験講座』
&小さなもうひとつの場所#8『クランボンは笑った』ブンピカ

5枚の長い白紙が会場いっぱいに敷かれている。京都大学総合博物館2階、ボーダレス・アートギャラリーNO-MAオープンプレ企画『右脳バンザイ体験講座』。10時半からまずはたよしこで、絵画のワークショップ。はじめ、障碍者と非障碍者を3名ずつ組にするところから、このワークショップのむずかしさと面白さが始まった。

お彼岸で障碍者の人たちの到着が遅れたりしたが、とても楽しくスリリングな絵の具遊びである。ボーダレスな状態を意識的に作るのではなく、それでもはじまりはボーダー(区別)を前提にして、どちらもいてもらうように調整する必要があるむずかしさ。

そして、障碍のある人とそうでない人とを見分けるときの呼び名の難しさ。「健常者」という言葉だけは使いたくないという雰囲気は共有されていて、ぼくはここは文字なので「非障碍者」と書くが、呼びかける言葉は実にむずかしい。どちらもが主でないとすると、どう呼べばいいか。

薬物中毒者たちの自助グループ(彼らはかつてある意味障碍を持っていた人でもあるので線引きはとりわけ意味がないぐらいであるが)も参加。はじめ嫌がっていた女性がぐんぐん描き出す瞬間は人間の可能性と不可思議さを集約したもの。
彼女の手はサイケアートのように色づいていた。他にもどんどん独自で描く人たち。彼らは一見コラボレーションしていないように見える。一緒の連中(非障碍者)が影響されるのに比べて。

でも、きっと空気は感じているのだと思う。アウトサイダーアートには‘継承はなく潔い一代限り’といわれるのは、一面そうだとは思うが、コーディネートする人とか作品群を通じてやっぱり空気は彩られ、どこか作風というかそういう作業所アトリエ自体に、空気の独自性は生まれていくのではないかとも思う。

昼、百万遍の交差点近くの菜食レストラン(ピースカフェ)で定食を食べる(よかったので、打ち上げもここに誘導した)。
そのあと、思文閣美術館にて『みずのきの絵画展』を見る。山本悟の「干し魚」に打たれる。ウルトラマンが有名だとは思うが、それから13年後(1983)の作品にもみずみずしい色彩配置が、干されていることの哀愁を一切感じさせない黄色い目玉が愛らしい。指導者だった西垣氏の評価は高くなかったようで、それもまた面白い。

13時から、山下残のワークショップ「私のダンスみんなのダンス」。今度は身体のワークショップである。非言語表現=身体表出のはずのダンスなのだが、そこでは、なぜか言葉が使われる。ことばを使って不思議なダンスを創っている彼の真剣勝負をそのままワークショップにする山下残。そこでは、自己の創作活動と一般参加者のワークショップに本質的な区別を考えない(アーツ・ボーダレス)山下残の本気感が漂っている。

もちろん障碍者かそうでないかは問わない。言葉の理解度も問わない。図像だってことばだから。ただ、子どもたちとしたワークショップよりも少し、具体的な行為のことば〜たとえば「顔を洗う」〜を多く使ったらしいが。

障碍者の方がどうしてもユニークなので山下が障碍者のことばとダンスをどうしても多様するのも、けっきょく彼がダンスの振付として真剣そのものでここに臨んでいるからであり、ワークショップを学習教室として、誰もが参加するように配意などしないところが、彼の真っ正直さの現れなので、ぼくは山下残観察としても発見が多かった。

言葉によってある人が動き、その動きを別の人が自分の言葉で名づけて、その言葉に基づいてまたその名づけ人が動く。

言葉を介して動きが変容し拡大する。そして、その発せられ名づけられた言葉が残渣のように、それ自体が別の作品のようにして、壁に貼られていく。またその言葉を選んで組み合わせ、身体を介した詩作のように、いつしか言葉と言葉(それにまつわる想像力)が出会う。身体と身体の出会いを言葉で介して変容していると同時に、言葉と言葉が身体によって偶然に出会う。言葉体験としてもスリリングである。それも参加者の言葉に対するイメージや記憶の差異を浮き彫りにしながら。

つぎに深層心理学者の人を交えてのトークショーがあったこともあって、観客が多い。それもいかめしい感じでいる人も多く、五島さんや宍戸さんらがあとであれはきつかったよなあともらしていた。最後のシンポでは、池(深層心理〜こころ〜無意識)の近くにいるのが自閉症の人などであり、アーティストはこの池に行く術を知っている(回路を持っている)人のことであるとかいう話がなされていた。

打ち上げの席から、先に出て、再び京大の中へ。

小さなもうひとつの場所#8『クランボンは笑った』作:別役実。女:広田ゆうみ、男:藤原康弘。19:04〜20:11。ブンピカ。京大の博物館で体験講座があるために、文学部控室でのこの静謐な公演観劇を夜に入れた。

女が白い傘を指して夜の庭(公園?)に現れる。月が闇を追い出している。傘が陶器で出来たもののように強い物質感。赤い水筒に籐のバスケット。軽いピクニックの出で立ちの女、一見すると。
夜であること、彼女がホスピスの患者であることをのぞけば、いつもの別役実の何気ない設定である。

女の台詞が〜いや台詞というよりも「声」そのものと言った方が的確なので〜声が、鉱物のように物体化していくのをしっかりと見届けたい。ものおとは、最終列車が出る音。臨時の列車の音。鳥が羽ばたく音。鳥が食べられていく際の猫の声。それらが会話の途切れを補うためにやってくる(そのときだけに物音が意識化に入るというほうが正確だが)。

女はすでに死んでいるのか死んでいないのか分からない夜の人であり、生命の残り少なに反比例して声が物質化している。とでもいうように、クランボンが謎を呼ぶ。葬儀屋とクランボンとの関係はもちろん別であるはずなのに、見ているとクランボンは謎のままに、二つはかぶっていく。

ロシア正教の神父と間違われてカラシカプセルを吐き出す葬儀屋=クランボン。あなた笑っていますねと言われるクランボン。クランボンは笑ったと携帯電話で伝えられる葬儀屋は遠隔から監視されているクランボンそのものである。

ありありとものが見える女(照明はメリハリがある〜魚森理恵)とおどおどし続ける葬儀屋クランボン。葬儀屋は手袋を外せない。外せないのではなく外さないのだというのが、ユング心理学なのかも知れない。

が、この芝居ではそうであるのかないのか分からないまま、外さなければ死んだクランボンになり、外すとカラシ毒薬が与えられる。やむにやまれぬ表出をクランボンがすれば葬儀屋は生きられたのかどうか。最後のミサは舞台に登場せず、現代人の終焉のひととき、その区切りや終焉の主人公すらじつに曖昧で散文的のまま、月の光に照らされている。この作品の時代ではまだ葬儀屋は闇の中、つねに受け身で終末期医療機関の物置にひっそりと猫のように隠れていて、ときにこのように患者の死をかぎ分けて登場すると逆に殺されるような存在(あるいは職業イメージ)だったのだ。


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