Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》CHIN-DON MUSIC

vol.534.
5/21(金)
チンドン音楽講座〜「移動するアーツ」京都橘女子大学での途中活動報告〜

以下は、ドタキャンの穴埋めとして、速攻で文化環境研究所ジャーナルのために書いた原稿である。こぐれ日記を書くように、「助けてください」メールをみたあとに数時間のうちに作成したものなので、ここに挙げておいても許されるだろうと思う。なお、この原稿と写真などは、次のサイトに6/5には載るということ。

http://db.bunkanken.com/journal/journal_back_author2.php3?id=6


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【リード文】
京都橘女子大学に文化政策学部ができて4年目。私が教員になってやはり4年目。授業づくりは生ものでいつもスリリングだ。私はアーツマネジメント担当なので、学生たちがさまざまなアーツと出会う機会づくりが一番の課題となる。そのため、社会へのアウトリーチ活動を担う京都橘女子大学文化政策研究センターとうまく連動することによって、「まちと呼吸するアーツ」を届ける実践的な学習機会づくりを模索している。2004年度は、当センターでの芸術プログラムのテーマを「移動するアーツportable arts」とした。始まったばかりだが、どんな企画をしようとしているのか「チンドン音楽講座」の模様を中心に報告したい。

【大学の授業に、プロのチンドン屋さんが来た】
5月21日金曜日、曇りのち晴れ。ずっと雨ばかりの5月。屋内でのライブになるだろうと覚悟していた。ところが、季節はずれの颱風が来たために、雨は昨日までに降り尽くしてくれたようだ。8時すぎ、研究室で作ってあったパワーポイントをプリントアウトする。題して「移動する音楽〜軍楽隊から市中音楽隊、ヂンタ、そしてチンドン屋へ」。

9時からの地域芸術文化振興論の授業。それまでは教科書を使った普通の講義をしていたが、この日はゲストをお呼びする関係で、CDラジカセとパワーポイントによって軽快に授業をしょうと心がける。華乃家一座の女親方、華乃家ケイさんがゲストなのだが、準備もあるし、お昼休みに時間外にライブをしてもらうことにしているので、10時になったらお入りくださいと言ってあった。

ところが、である。9時からの授業から聴きたいと彼女たち(あと3名も連れてきてくださった)。確かに流れ的にはじめの授業部分が分からないと話しにくいからだろう。そもため、いつもよりもプレッシャーが高まる。それでも、トルコの軍楽隊の音楽からはじまり、ロマニーの祝祭的ブラスバンドの爆発を聴いてもらいながら(水戸芸術館などに来日する予定のファンファーレ・チォカリーア)、駆け足的に、日本における近代音楽の受容、とりわけアカデミックな西洋クラシック音楽ではないもう一つの音楽とまちの関係を概観していく。気づけば、立命館大学の多国籍音楽サークル「出前ちんどん」のメンバーもすでに聴講していた。

【笑顔になるツボを探すのが、チンドン音楽バンド】
10時から、ゲストスピーカーの登場。華乃家ケイさんにはチンドン音楽のアウトリーチではなく(これは13時からの芸術文化鑑賞演習で実演しながらやっていただいた)、チンドン屋という仕事が社会とどう関わっているのか、まちなかでの実際の仕事ぶりを教えてもらう。

もちろん江戸末期、飴売りの飴勝が広告代理店の先駆けとして口上をしていく部分は、13時から実演してもらったし、それほど厳密に二つの授業を分ける必要もなく、そこは渾然一体となりながら、ケイさんの生き生きとした話が学生をとらえていく。ひとことで言えば「乙女の心意気」。人前で歌うのが何より好きだった宮崎出身の少女が大阪でチンドン屋さんの門を叩いたところから始まる女の半生。彼女が歌う日本の高度成長期以前の唄のよさ、そして、浪花がもっている優しい部分、大阪の外部イメージであるえげつない部分の裏側をいま伝えようとしている点が私には興味深かかったので、そういう質問をトークの中でしたりした。

音楽の演奏だけではなく、チラシを配ること、口上することも仕事である。まちで依頼者のメッセージを伝えることがお仕事なのだ。でもやはり音楽が人びとの心を開く。そのツボを探し、そのツボを優しく押してあげる。お年寄りのツボに子どもたちのツボ。わが学生たちの顔が子どもたちやお年寄りと同じになってきたと華乃家ケイさん。それが今回のツボ探しの醍醐味でもあった。

【「はーれたそら、そーよぐかぜ」】
12時15分、体育館に出来た小劇場から4名のチンドン屋さんは出発する。その打ち合わせは真剣そのもの。チンドン太鼓は雑踏を無理なく抜けるために、縦にうすべったく並んでいる。魚みたいですねと合いの手。練り歩きのはじまり。まず職員たちがいっせいに通路に出てくる。「憧れのハワイ航路」。太陽が久しぶりに顔をのぞかせ、音楽を聴いている。

食堂を通る。2階から学生が顔をのぞかせる。いま来年度に向けて拡張工事がまじまっているが、その細い通路をじつに気持ちよくチンドン音楽が流れていく。後ろからついてくる学生。工事現場の人や年配の人がにこにこ見守っている。携帯で写真を撮り、地元のお母さんで送る学生、気がつくと人で埋まっている。

12時50分まで、2つのステージで演奏やピエロのパフォーマンス。今回はさまざまなバーションを見せるために、洋装のフラワー楽団の出で立ちもしてもらっていて、現代に生きるチンドン屋さんの仕事の多様性に気づいてもらうことも重要なテーマであった。そのまま授業のある教室へ。

「うまいと良い音楽ですねえと言われますが、逆にチンドン太鼓が下手だと、『うるさい』と同じ音量でも言われる」からとても怖いのだ。それに、演奏は自分のためではないし、チンドン音楽を聴きに来る人たちが聴衆でもない。忙しく通り過ぎる人が振り返り、足を止める力をプロは持たねばならない。

【秋の「山科三条商店会街道フェスタ」、「岩屋神社秋祭り」でのデビューに向けて】
さて、これから夏にかけて専門ゼミ生を中心としながら、京都橘女子大学文化政策研究センター事業「関西女性と希望のアーティストファイルvol.4〜『移動するアーツ』」は、音楽を中心に企画を実現するべく、さまざまな現地ワークやワークショップ、そしてお稽古に取り組むことになる。

そのためにも、華乃家一座の公演と講義は大きな一押しとなった。まずは、チンドン太鼓づくり。やっと現物を初めて見たという学生も多い。太鼓屋さんで鉦や締太鼓、平太鼓を買ってきて、自分たちで組み立て、ベルトも縫わなくてはいけない。衣装もつくらなくてはならないし場所との相性を考えるプログラム作りもいるが、それよりもまずはチンドンリズム中心にした音楽の練習だろうと思う。意識して聞き分ける聴く力の実践も含めて。

何せ、「竹に雀」も「四丁目」もみんな同じにしか学生は聞こえていないわけだし、商店街のなかで中高年をターゲットとして演奏するためには、それにふさわしいナツメロメロディーがいるが、それらに学生はまるで馴染みがない。今年になって、「美しき天然」はじめ研究室で暇があれば鍵盤ハーモニカを吹いたり、(中古で手に入れた)足踏みオルガンを弾いたりしてきたが、もっともっと意識的に世代をまたがる多様な音楽に慣れる必要がある。


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