Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》SAKIRA DANCE MISSION MOO4
ギャラリーそわかをあとに、栗東駅へ。駅前のビルにあったはずの家電量販店がなくなっていて、買い物するつもりがからぶってしまう。仕方がなく、えらく早いが、栗東芸術文化会館さきらへ。
ちょうど東京からの若手舞踏手2名をマネジメントしている(有)CAN代表取締役の菊丸喜美子さん(PROGRAM1はコンテンポラリー・アート・ネットワークが制作協力ということになっている)に会って、かなり長く立ち話。500円でハーブティーを頼み、少しすると、小鹿ゆかりさんと三田村管打団?の森本アリさんがやってくる。
森本さんの顔はこの前(といっても1/17)のブリッジでの「新世界ブラスバンド祭り」で出た三田村管打団?リーダーだっし、頭の形もぼくとおんなじだったし、よく覚えていたが、もっと前にアサヒビールの1928での音楽セミナーで口琴を演奏していたらしいから、そこでも姿を見たことになる。
10/17の岩屋神社でのお祭り関連企画(タフ4「移動するアーツ」)で今貂子さんと綺羅座との組み合わせによって出てもらおうと小鹿さんが考えているので、そのために今さんらの舞踏を見てもらおうというのが今回の一つの目的。で、もう一つの目的は、ワークショップをしてもらう話があり、それでこうしてさきらの喫茶店に3人がいるという訳。
立命館大出前チンドン多国籍音楽サークルの北村さんらにチンドン太鼓づくりワークショップをしてもらうわけだが、ここでは親しみのある音楽を演奏できるアンプラグドな移動バンドづくりが重要なワークショップのテーマになる。いっぽう、アリさんたちには、もっとフリーな音楽ワークショップをしてもらえそうだというのが小鹿さんの考え。
だって、アリさんは、15名ほどのブラスバンド以外に、口八丁というデュオで口琴を原点とした何でも体内の空洞で響かせてしまう演奏をしているし(CD-ROMを色々もらう)、ソロユニットとして、ゲームボーイを5つぐらい使った作曲と演奏を同時にしたりもしているのだ。
off noteの蓬莱行(大工哲弘)は最高だというアリさん率いる三田村管打団?は、もともとリブラフのメンバーの一部が基礎だったということ。チンドン通信社に入っているメンバーもいるらしいし。
アリ・デュルト-モリモトさんのすごく愉快なところは、すぐに演奏してくれるところだ。ゲームボーイでの演奏に続いて、ワイングラスを鳴らすことに。いやー、いい音がする。すぐれものの口琴も鳴って。少しぼくも口琴を鳴らせてもらったが、いやいい音でした。今貂子・綺羅座の制作、うちのゼミ生の上田千尋さんもちょっと来て、グラスを鳴らしていく。
話がはずんでいると、さきらの山本さんが来て椅子席がなくなりますよと言いに来てくれる。けっこういい感じで小ホールに人が入る。昨年にダンスのワークショップをしたことが地元の人を呼んでいると小鹿さん。セレノグラフィカさんも来ていて(阿比留さんは盲腸をこじらせて大変だったそうだ)、今年のタフ4もやっとメンツもそろい、面白いことになりそうだ。
短くて、もっと見たいなあと思った前半と、長いけれどその持続力がすごいなあと思った後半。どちらも力のこもったダンスだった。舞踏系なのだが、一方(プログラム1「鈴木ユキオ・目黒大路」)は「孤独」の深度をそれぞれに測るタイプの踊りで、他方(プログラム2「今貂子+綺羅座」)は、風景を踊るために、動きよりも佇まいをより大切に紡ぐ踊りだった。
鈴木ユキオ・目黒大路『明日のために、その1>』。19:24〜19:30。まず目黒大路が上半身はだかで入ってくる。客電落ちないときから、力入った武術系な動き、激しく。ノイズ音楽が入ってからは、同じ動きかも知れないが、彼の影の部分、優しさとか弱さがあぶり出されていくように見えた。
目黒がさっと退場、今度は鈴木ユキオ。音楽も対照的ならば、うごきももっとゆるやか。でもククッと一部分ぎくしゃくなポーズが眼を引く。足首など部分の細かいところに神経が行くタイプの踊り(かなり好みだ)。アコーディオン3拍子。来ていたTシャツをたくりあげる。少しずつ動きが目黒に近づく。アコーディオンの音楽のあとに、実物のアコーディオンがここにぽんと置かれてそれとダンスしたら気持ちいいだろうなとかってに思ったりする。
今貂子+綺羅座『世界という牡蠣をこじあけて〜sakira verdsion〜』作・演出:今貂子、19:44〜21:00。はじめのぼやけた映像と今貂子の茶色のランドセル背負った少女姿のソロ。そして後半の今度はきっぱりと裸になり、筋肉もりもりダイナミックに何度も倒れ込む今貂子のソロがあり、この二つのソロが、がっしりとゆったりと核にあるステージだった。
もちろん、今貂子以外の8名(女性6名、男性2名)は、今貂子のような鍛えられた身体と舞台でのオーラを出すことは予想していなかったし、それは必要ではない。それよりも、すっきりとそこに佇み退出することも進出することもなく、横に絵巻物のように流れていくことが要求されていて十分それに応えていた。
4人の女性が立体化したり、地面すれすれで獣歩きをしたりと舞踏の要素は残しつつ、過剰な怨念とかはさっぱり抜けきったダンス。映像はあるが、アルティとは違って舞台美術がないので、衣装がそれだけににとても重要なエレメントだった。扇子3枚による門付き芸みたいな動きは、今度の岩屋神社でもぴったりだ。
ふと、舞台のシーンが、直前に見た金堂の仏像たち(こぐれ日記532参照)と繋がっていることに気がつく。でも使っていた音楽はアジアだけではなく、かなり無国籍なもので、なかには口琴もビュンビュン鳴っていた。
「こぐれ日記」の扉へ
無断転載禁止 掲載:アーク編集室