Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》koyamada Toru & the World of Manga Artist tTakita yu

vol.538.
6/5(土)
東京にて(1):
すみだリバーサイドホール・ギャラリー[小山田徹:しあわせのしわよせ]展と「ついで」について

「ついで」に立ち寄るというばあい、もともと本来の目的、本務があってのこと。でも、何がメインで何がついでなのかなど、演劇に主人公があってもなくてもいいように、あとから思えばどうでもいい(振り返ってみないとどちらが大切だったのかは分からない)ことが多い。ついでは「継いで」いくという意味での「ついで」なのだろうとか、小じゃれたエッセイでもつくれそうなネタでもある。

きょう、隅田川のそばで、それもはじめて会った人に、とつぜん「人生なんて、ずっと『ついで』ですからね」なんて言ってしまう。「とおりぬけられます」とどこでも書いてあるような下町が主人公の滝田ゆうマンガの「のほほん」なひとこまを、黒い板塀の節穴からのぞきながら。

これってどうなのだろう。山口から来たその人にはひどく迷惑な話だろうが、けっこう気に入っているのですね、こんな唐突な会話をすることが。会話ではなくひとめいわくなひとりごちであるにしても。

土曜日の朝、京阪七条から2軒肝屋さんが続く細道を通って(スクランブルの信号は無視しつつ)京都駅。いつもながら早く着きすぎてシャッターを開け出す本屋にて、今日夜行く「麻布die pratze」の場所をぴあマップなどで確かめようとする。どこにも載っていない。

まあ、神谷町駅から霊友会(狸穴あたりから東麻布は昔の国土庁があったところ付近だから土地勘はあるはず)の方へ行けば分かるだろうと、のぞみのホームから東京へ。連れがいるとあっという間だ。

新幹線八重洲北口で下りて日本橋駅へ。(財)地域活性化センターはまだあるなあと思いつつ、丸善の所から下りるのがぼくの流儀。営団地下鉄、いや東京メトロ(昔のマークを思い出せない)銀座線で浅草へ。連れは東京の動きは早いから関西にいてよかったというが、ぼくにはたぶん東京といっても何にも変わらないのではないかなとも思う。東京にいればいたでそのテンポに順応するだろうし、馴染みを自分で限っていくのが人間だからだ。

ただ、すでに関西で見ているアーツシーンの分量の方が、東京にいて見ていた数年間(せいぜい92年から95年まで)よりは質量ともに重くなっているので、小劇場演劇についても東京を含めて全体について語る資格はないなあとは思う。

アサヒビールを右手に見ながら堤防沿いの歩道を通って墨田区役所に入る。1階は下に下りなければならなかったことを失念。生徒の集団がホール前にいた。
いくぶん暗い、

すみだリバーサイドホール・ギャラリー。[小山田徹:しあわせのしわよせ]展〜漫画家・滝田ゆうとの視線とのコラボレーション〜。今日から7/4まで。昨日にオープニング。滝田ゆうのお孫さんがすでに黒い板塀に落書きしていた(落書き禁止の板塀の一角だけ、落書き歓迎のコーナーがあって、そこにチョークが置かれている。ぼくも下の左隅に小さく顔サインをしておく)。

受付で絵はがきなどが売られている。ハンカチとともに手拭い2点もあり。紺地が多い方を買う。1000円。チャリティだという、小山田さんからお礼を言われる。小犬などのキャラクターはずいぶん前から見慣れたものだったが、彼がすでに肝硬変で亡くなっていたこととか、ガロでのデビューとかほとんど無知だった。

こっそり、授業用にデジカメを撮っていると(すみませんでした)、小山田さんがそとの公園でにやにや座っている(あわててしまう)。自転車の往来をカメラオブスキュアで見ていると、手にとってこうして調整するのだと教えるが、なかなかに意図が通じない。ジェスチャーってなかなかに伝わらないものだ。

すでに小山田さんは向島に住みこんでいる。滝田ゆうのマンガはここを舞台にしているので(墨田区のご当地有名人だったから)、墨田区役所がとても喜んでいるのだそうだ、黒塀って懐かしいですねといいながら。でも、この黒塀をなくしていったのは、再開発をしてきた役所だのになあと小山田さん。

ま、そんなことですね。連れはいつものように、滝田ゆうがキャバレーの美術の仕事をしていたことを見つけて熱心に小山田さんに話しかけている。こちとらはできるだけ離れて滝田ゆう(帰って彼の本を注文しようとしたら品切れの本がかなり多かった)のエッセイを読もうとする。おかしなやじきた道中である。

「しあわせのしわよせ」はどこかにきっとあるはずだと滝田ゆうさんはいう。
この「しわよせ」をどう解釈するのか。(関係ないかもしれないが)うちの大学に落語研究会が出来てその初舞台のタイトルは「むねよせ」だった。

ちょっと謎だが(ふつうは「しわよせ」されるというネガティブな意味なのを、どこか違うしあわせ感を漂わせ微笑ましくなる「しわ」=私話?であり「よせ」=寄席?である)、翌日朝日新聞の「東京川の手」(台東、墨田、江東。荒川、足立、葛飾、江戸川)版には、こんな記事が載っていた。

《・・小山田さんは「便利さを追求した今と、別のしあわせの道があったのではないか」と会期中の毎週土日に若者10人と向島に出て、銭湯や居酒屋を訪ねるワークショップを開く。・・》。美術家であるとともに「風景収集狂者」としての活動となる。

駅前で食事。回転寿司は待たされるので、隣の居酒屋へ。応対する男がかなり態度悪し。東京でうまいものを食べようとははなから期待しないが、かなりからい茶漬けだった。皿うどんはまだまし。上野から山手線でもよかったのだが、メトロのみで日比谷駅下車。かなり歩かせてしまって、東京国際フォーラム。じつによく分からない建物。6階の会議室にようようたどり着く。コンシェルジェ姉ちゃんがそのために配置されたそうだ。日本アートマネジメント学会代表会を17時までする。


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