Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》NANIWA BUSKERs

vol.544.
7/10(土)
宝塚歌劇、手塚治虫記念館、『なにわのバスカーズ第一回独演会 with ジョニー☆田口』

今日は、「音楽を演奏すること」がテーマだった。それ以外も、いろいろいつもは出会わない場所、踊り、演技、博物館、ターミナル駅に出かけられて、面白かった。

ひょんなことで宝塚歌劇を見る。11時から14時すぎまで。いちばん面白かったのは、オーケストラピットの人たちの演奏。後半のレビューでは、指揮者が女性でこれはとても珍しいことだそうだ。同じ演奏を60回ほども、あの窮屈そうな、くぼんだところで繰り返し演奏する人たちというのは、いまではとても珍しい職業だと思う(かつては無声映画の楽士とかダンスミュージックの楽隊とかがいた)。

第1部王朝ロマン「飛鳥夕映え〜蘇我入鹿」をみて、実にテンポよく変わる今風「歌舞伎」だなあと思った。「新派」という方が適切かも知れない。お昼食事休みなど、文楽とかと同じだ。せり上がったり回り舞台だったり、スポットがあたって消えてどんどん展開する。間のあたりが少しゆっくりになるが、それでも、歌舞伎の数倍のスピードで筋が展開する。バレエ(クルミ割り人形みたいに)のはじめの方のように出し物が出てアトラクションがはじまったと思ったらすぐに次の場面に行ってしまう。

戦前の天皇史観だったら大化改新では完全に悪者の蘇我入鹿をヒーロー(女性が演じていてもヒーローでいいのだろうとかってに解釈)にするというのは、なかなかに面白い(昔からそういう演目があったのだろうか)。歌垣で出会うなど、興味深いシーンもある。

舞台の演出、作品がどうのこうのというのは野暮で、きっと出ている演者の若いときからを応援していて、その成長ともに自分(たち)の歴史がオーバーラップして鑑賞する楽しみを持つのだろうと思う。そういう面では、宝塚という土地と応援団がいい感じでつながってこそ、ここが90年も続いたのだろうと思う。

なにせ、駅から劇場まで、そんなお土産屋とかレストランが連なっていて、すでにここ宝塚が阪急文化の重要な要素であることが分かる(甲子園が阪神文化のように)。少し巣鴨とげぬき地蔵商店街(おばあちゃんの原宿と言われていた)を思い出す。ここよりは少し年齢層が低いだろうが、年輪を積めば、もっとバタ臭いおばあちゃん向きのお店とかが増えるだろう。

となりにある宝塚市立手塚治虫記念館(1994年開設)に行っても、手塚と宝塚歌劇の関係を重要な切り口にしていて、劇団四季とは存在の仕方というか芸術環境が違うなあと、思ったりする。個人的にはやっぱり手塚が親しんでいた宝塚歌劇と関係がある『リボンの騎士』が一番好きだ。

記念館の奥で定期的に上映している『都会のブッチー』という新たに95年に作られたアニメも歌劇との関係を増幅するようになっているが、これの原作はどんなマンガだったのだろう?ホームレスの画家がレビュー劇場の新しい支配人になる(搾取をやめて「自然」ショーをやっているみたいだ:マネーを稼ぐ象徴である懐中時計を捨てるシーンが象徴するわけだが)という話って、どうもピントこない。

が、それもまた一つのけしてありえない理想(宝塚歌劇を見てひととき浸るものと同じ類のファンタジー)だから、そういう連想ゲームなのだろう。

ここからゆっくりと、うちの大学のそば、醍醐駅へ行く。醍醐交流会館ホール、地下鉄すぐのところにショッピングセンターがありその一部である。200席ほどのピアノの発表会向きのホール。

ここで『なにわのバスカーズ第一回独演会 with ジョニー☆田口』を聴き見て笑い楽しむ。18:34〜20:29。副タイトルが「クラシック音楽の醍醐味」というのもベタでよろしい。なにわのバスカーズは、森本英希(フルートとリコーダー中心)とトロンボーンの金岩誠五(彼のソロ演奏〜竹んボーンや尺八を三条京阪駅そばで見て案内を受けたのだ)による「コミックバンド」。「BUSKER」というのは英国で大道芸人のことだそうだ。

もちろん、ゲストも二人もみんな京都市立芸大を出てちゃんとした演奏技術があるから、おかしな事も自在にできるのだが、後半は「カルメン」を演じて(キーボードのジョニー田口がカルメンだった)、それはちょっと心配になったが、それでもその部分は長くなく、アンコールを3つも用意して、笑いの後味もすっきりと、楽しくて「冗談音楽」というジャンルを真剣に考える必要性を提示してくれたように思えて嬉しかった。

第一部は、喜歌劇「こうもり」序曲(シュトラウス)から。トロンボーンがホルスタイン牛の模様と顔。それにベルがついている。ハリセンでたたいたり、声を出したり。足にシンバルを挟み叩くとフルートやピッコロの演奏がどんどん屈んでいくのがおかしい。

おもちゃのピアノのための協奏曲(大バッハ)。キティーちゃんのおもちゃピアノを持ってダンボールに置き、寄席の座布団のようにしてジョニーが演奏する。二人が合奏。チューニングするのはカセットテープ。編曲は大変だっただろうな。こんなに鍵盤が少なくともなんとか演奏しつづけるのがえらい。すぐに壊れてしまうのではないだろうか。リコーダーも100円ショップのやつみたいなもの。

珠玉の小品集も愉快だ。二人が路上でやっているもの。こねた集。普通に演奏しているのだが、動きがコミカルにダンスする、というところから始まって、あえてはずす、止まる、声を出す、泣くなどが繰り出される。くるみ割り人形組曲が一番しっかりとしているし、メロディーもきれいで知られている。

蜂や犬などキャラクターがある小品を選ぶというのも親しんでもらうための苦心だろう。ポルカ三連発。どんどん、西洋クラシック音楽を知る人が減ると、そのギャグが通じなくなる可能性があるようにも思える(それは、宝塚歌劇の和物演目とも関係するかも知れない)。

最後はだれでも知っているトルコ行進曲。でも、でも、ダンボールをそういうふうにして音にするとは思いがけず、その瞬間芸に感激する。

そして休憩入れて大コント「カルメン」。確かに曲はビゼーである。前奏曲も馴染みだ。とくにカルメンの恰好のまま弾くピアノとフルートの間奏曲が美しかった。なんだか、「掃き溜めの鶴」ということばが思い出された。オペラというものの楽しみって、こんなものではなかったか、そういう原点を逆に考えされてくれる。


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