Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》SEIRYU GEKIJO-WAGAMACHI

vol.549.
7/30(金)
清流劇場『わが町』芸術創造館&舞台芸術・芸能見本市2004大阪

11時に家を出て、舞台芸術・芸能見本市2004大阪へ。淀屋橋駅からリーガロイヤルホテルのバスでゆく。ポポル・ブフの葦田さんと一緒に。いつもの大阪国際会議場到着。見本市は13時開場。

うちのゼミの3回生も5名ほどいて、ちんどん通信社のブースにいき話を聴いたり、ダンスのショーケースを見ている。

宮崎県都城市(ぼくが一番はじめに仕事をした宮崎県庁。ここで都城北諸県郡新広域市町村圏計画を策定したためミヤコンジョウはとても懐かしい場所である。が、美術館ももち、またホールとは大変なことだなあとも思う)がホールを造るので文化振興財団(仮称)のスタッフ募集をしていた。うちの大学院生あたりは、対象になるかも知れない。

音楽などのショーケース会場は、シマジロウが出ることもあって小さい子ども多し。河内音頭を聴けてよかったが、歌詞がなかなか聴き取れないのが残念。

14時からは、コンテンポラリーダンスのショーケース。NPO法人ダンスボックス主催。7組。
はっぴいすまいる、村上和司、ポポル・ヴフ、セレノグラフィカ、グラジオ、エメスズキ、吾妻琳、カ・バレエ。とくに、ゴーグルをつけた赤い水泳着の村上君が客席の女性をうまく引っ張り出して、なかなかの味。

「ユーモアなるダンス」という傾向を感じさせられたのは、村上和司(彼の場合、すこしひきつった笑いではあるが)のほかに、ダンスユニット・セレノグラフィカだ(ある面、この舞台に合わせて考えていくような見せ方)。さらに、余裕を持つダンスという大きなくくりで、カ・バレエも含んで考えられるのかなと思う。

他方、ポル・ヴフやエメスズキの高質な完成度の高いダンスを、コンテンポラリーダンスはじめて中年女性陣などに対して、このようなショーケースとして見せるのは、なかなかにむずかしいかも。でも、ちゃんとした少数のプレゼンテーターへ届けばいいという考えもあるし、それがもともとのアーツメッセ目的なのであり・・

このあたり、アウトリーチなのかプロ間マーケットなのか、見本市の性格を考える(あるいは、ショーケースを目的別に分けて設定する)必要があるかも知れない。

パーティには出ずに、森小路の大阪市立芸術創造館へ。
ここでとても痛い演劇作品に触れる。
作/演出の田中孝弥さんがドイツに留学するので(そういえば、さきがミュンヘンで演劇も観たといっていたし、見本市のDIVEブースで逢った劇作家さんもベルリンが熱いと言っていたっけ)、清流劇場はしばし(1年間)お休み。

ということで、この清流劇場公演『わが町』をこの劇団のお休み前に見られたのはよかった。清流劇場の田中さんらは、社会に向き合う貴重な社会派演劇の逸材なので、またヨーロッパから帰ってもまたどんどん日本の膿、矛盾、世界の問題を抉った作品を作って欲しいと思う。照明に岩村原太。

舞台美術は前と同じくシンプル。
大きな白地に赤丸の布の上で演劇が展開するもので、会話そのものから成り立つ。登場人物多し(夫婦や恋人、兄妹のセットが中心)。コミュニティアーツセンター的なドラマの形式(地域差別の問題告発とか真実探求型のもの)。

ここではすごく馬鹿らしい法律「どつく法」(「どつく」とは殴打するという関西弁?)を使って、でもこれっていまの現実と同じじゃんと思わせる、かなり直裁的(切羽詰まっている日本に見合った)な作品。

堤防が低くなっていつも被害に合わされる西の地区に住む在日外国人たち、空き缶を収集するホームレスら社会の底辺にいる者たちへの差別意識。自分たちもまた差別されていた地区出身だったりするから、その関係は複雑でよじれている。

自己防衛という名目の暴力の正当化と、違う意見、行動者にたいする密告の奨励。
ゲーム感覚で殺人が出来るまでのプロセスが暗示される。シール交換とか、国民(町民)手帳、その検閲、相互監視システムとなることなどによって。
うちのマンションで深夜、空き缶を集めるホームレスの騒音問題が議論されているので、他人事ではない。

他人の痛みを知り、世界から不幸をなくするという名目をどうしてこんな法律が可能にするか、「まったくおかしい、不明だ!」と観客として客観的に見ている分にはすぐに言えそうなのに、集団の圧力から実際の当事者となると言えなくなる事態は常に歴史上あったし、いまも身近にありそうだ。
「王様は裸だ」と誰も言えない、そういう閉ざされていく恐怖の可能性を示すために、あえてこんな選定にしたわけだろう。

高額所得者はどつかなくてもよく、自警団でも例外的に武器に拳銃が使えるという設定。これなど、「どつく法」免除だけでなく、憲法適用外というのであって、あまりに非現実的だが(いや憲法の基本的人権の制約という現実は存在して現実にたとえば皇太子妃殿下問題となっているわけだが)、これを一笑に付せられないのがいまの日本だと思う(上野公園のホームレス住居は、皇室が来るときには、いつも撤去させられてきたことを考えるだけでも)。

兵役拒否に見合う女性が一人孤立する。ステージでは彼女の目線で「わが町」の小心者たちの残忍性を浮き彫りにする。

これが、「一日一どつく」法ではなく「一日一善」法みたいだったら、いまでもすぐにあり得るからもっと怖いかなあとも思う。シール交換は善意のサービスをもとにする福祉的な地域通貨を思い出す仕掛けでもある。町内会ではなく、NPO法人「わが町〜親切(でちょっとお節介)なまちづくり〜」みたいな設定でこれを作ってみたらどうなるだろうかしらとシミュレートしたりした。


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