Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》NUIGRUMI-Thether
催し物のあるときには【ヌイグルミシアター】(「みる」「あそぶ」「つくる」〜夏休みに退屈したらヌイグルミシアターへ)に行けないのだが、今日も何かはやっているだろうと思い直して、早めに大学の用事を切り上げて、動物園前、フェスティバルゲート4階のremoに行く。
大阪現代芸術祭プログラムBreaker Projectの一環、藤浩志さんのプロジェクトは繋がりつつ多様に現れてちょっと雲をつかむ感じがあり、それが魅力でもある。
今日は、いつものクールなremoではなく(こうしてみるとかなり広く、いろんなブースが作れるし、たまには劇場の役割をフェスゲ内で交換しあって、ここでライブをしても面白そう)、「かえっこ」(いらなくなったおもちゃであそぼう!おかねをつかわないあそびのおみせ)で持ち込まれたおもちゃたちがにこやかに待ち受けているお部屋に変身している。
それでも2か所アニメーションのビデオが流れているので、ここがもともと映像のNPOであることが分かる。爪が割れるような映像も流れている(とりわけ残虐でもないが、そうかといって子ども向けの砂糖菓子のようなものでもない)。藤浩志さんも座っていて、そのうちKAVCの木ノ下智恵子さんが来て打ち合わせをしていた。土日は子どもの歓声がずっとあったそうだ。今日は大人が遊ぶ日ね。
ぼくも、「ねんどであそぼう・ねんどアニメでしりとりあそび」(講師:小西小多郎)をさせてもらう。これまでの映像が映っていて、ちゃんと見て研究すればいいのに、ただただ、具象に弱いから、簡単なものにしようというはすかいな気持ちがいまいちよくない結果となる。前が「た」で終わる言葉だったので、考えたのは「たこやき」。これなら舟を作って、球体を作ればおわり。爪楊枝を借りて。でも問題は、これをアニメーション化するという最後のきめがあることを知らず失敗。たまたま禿げ親父が作られたままだったので、それに食させるのみのつまらないものになってしまった。昔、そろばん塾の隣のたこ焼きやは10円で6つ買えて、中はすかすかだったけれど一番近所で安かったのでよく買った話をして、粘土ワークよりも雑談に逃げる。
このあと、雨森さんが「樹」を作り、そのあとに来た2人組がとても気合いを入れて「キリマンジャロ」を高くそびえさせ、その頂上でカフェする喫茶店をシュールに作っていた。これでは、1カエルポイントにしかならないので(もっとよかったら高得点をもらえたかも知れないが)、百面相もする。これは、子どもの黄色いカッパを着て、いろんな表情をするというものだが、けっこうバリエーションがなくて苦労する。ただただにらめっこでのおもろい(情けない)顔になってしまった。
それでも2点で「まあまあなもの」の黄色いふにゃカエルをゲット。これは「なかなかなもの」(3カエルポイント)と自分的(主観的)には思うが、子どもバンクの判定が2ポイントだったのはラッキーであった(その価値、効用評価という主観同士の差が交換という行為を成立させるのであるとむずかしくいうこともできる)。
奥でやっていたキャップを使ったビデオづくりもなかなかに面白くて、建築物ウクレレ化保存計画の伊達伸明さんがはじめ作ったのは、クレー射撃だった。的と弾だけのシンプルなもの。でもビデオの焦点合わせに工夫がいった。つぎは、赤いブタさんの散歩。よちよち残っていくものがおかしい。野村誠さんが、岐阜のブタさんに音楽を聴かせていた映像をみたという話を担当の女性に話すと、どうして、そういう映像に助成がでるの?と不思議がっていた。あなたが不思議に思うから出す価値があるのよと答えればよかったなあ。
一駅だけ地下鉄に乗り、恵美須町下車。JUNGLE→independent theatre。受付がいつものところではなく、まったく木造一軒家の玄関になっている。受付から中に入ってさらにびっくり。これほどキチンと和室になっているとは!!10畳の和室が3つ連なっていて、両側が廊下、どちらも障子で開けたり閉めたり(つまり、自由に出入りも)できる。照明をみていると、映画や連ドラのセットみたいだなあと思う。それにしても卓はどこにあったのだろう。細かい技も随所にあり、草が伸びて廊下に顔を出している辺り、劇場づくりを楽しんでいることがよく分かる。
『極〜KIWAMI』39日間、休みなし。9劇団。のりうちというのは、これだけセットがきちんとしていても大変だったとは思う。いままでに2500人ほどはいって、劇場としては出費が予算よりもオーバーしたが、なんとか黒字だったようで、劇団にとっても普段よりは客数も増えよかったようだ。こういう若手劇団の企画としてはシアトリカル應典院などがある。大阪もOMSなきあと、群雄割拠でどこが頭角を現すか、演劇集団も混戦状態なのだが、小劇場間もいい感じの競争状態になってきたと、この現場に入って思った。
おっと、肝心のダンスユニットセレノグラフィカ『樹下の双魚』再演であるが、畳の上というのは、リノリウムや木の床とは違って、ずいぶんと足の裏への質感が分厚くて、要領が違うのだろうと想像した。が、なかなかのもの(双方に客席があることも計算して、前半の正座漫才的部分では、均等に正面を向くように前後ろをチェンジしていく)。畳の和室だからこそ、立ち上がらないダンスというのがより普通に思えてくる(客席も見やすくなっていたし)。前見た感じとはずいぶん違って、もっと寄席的な近さと面白さが全面に出ていた。でも後半はキチンと動いて、一組でいくつかの出し物〜つまり、漫才から曲芸まで〜を披露してもらった気がした。
つぎに、真っ白の世界のsonno「a la notte」。垂直に伸びた楚々とした世界なのだが、後半に少し激しくなる。TENのソロが基本のsonno。ただ、ペインティングの人の存在感がホールよりもより大きく感じられて、そこがちょっと焦点を絞りづらかったのではないかと思った。でも、前半のセレノグラフィカがベタに近いコンタクトだったので、畳の上で異次元の2人のようにすれ違ったままという対比は、なかなかにいい組み合わせ。ラストの闇、挨拶のとき、TENが思わず白い砂に顔をつけてしまっていて(微笑)、きっと畳という場所の距離感の取り方ってむずかしいのだろうと思ったりする。
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