Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》sotto+tachibana-ya-1
今日は、気持ちのいい青空に出会う。
白く長い壁が続く刑務所の敷地と青空が、滲み合うことなく鋭角の風景を作っている。そして遠景は、低く続く山科の山並み。そんなシンプルな景色だけをデジカメで切り取っていくと、とてもここが日本の京都、とりわけ無秩序な小開発でごちゃごちゃの山科地域であるとは思えない。夢中で写しているうちに、気がつくと外門のなかまで入っていて、門番をしている人に撮影はできないと注意される。
白い壁の上には監視カメラ。隣人に安心感を与える効果も考えているのだろう。隣り合う民家に出来た小さく粗末な教会。この教会などがある一段高くなった民家の前からは、蒲鉾型で、工場みたいな収容施設〜もちろんだが、窓が少ないので工場を連想するのだ〜を少しのぞくことが出来る。マンション上階の人たちは、収容者がスポーツをしている姿をいつも眺めているのだろう。今日も、スポーツをしている人たちの声があり、その声を聴くだけではどこかの学校の運動場と同じに聴こえる(ただ、マイクで違う種類の声〜時間の終わりを告げる刑務官〜が、ここがどんな場所かを知らせている)。
昨日は風が強かったが、今日はそうでもない。
野外でアコーディオンを弾くと風の影響があって、重さとともにそれも注意点だと分かったとうちのゼミ生の箕浦さんがいっていた。会場のマイクの調子が悪くてMCについても〜口上はマイクなしで急きょ代役を務めた山下さんが高い声を響かせてくれたが〜課題であることも分かった。
野外での公演が初舞台となった京都橘女子大学ちんどん「たちばな家」。なんと刑務所でデビューしたチンドングループはきっとうちらだけだろう。その希有な体験を含めて、今日は、盛り沢山の金曜日である。
最近は、夕方になると、蝉の声はフェードダウンし、かわりに秋の虫の声がわき起こってくる。秋の虫の方が多様なので、それも涼しさを倍増する一因だろう。関西ではお盆が過ぎると、子どもたちのための町内会単位での地蔵盆が始まる。
お地蔵さんがいっぱい町角に祀られ、日々のお掃除もおまいりもちゃんとなされている京都市のまんなかでは、地蔵盆をしても、肝心の子どもがいなくて、お年寄りが手持ちぶさたにお菓子を用意して待っている姿が目に付く。が、山科区あたりの地蔵盆には、まだまだ子どもが溢れていて、今夜はそういう場にたまたま立ち会うことも出来、有意義でハッピーな一日となった。
その貴重な経験、つまり京都刑務所地蔵盆納涼会に行った話はあとにして、午前中にしたことから書き出しておこう。
まず、午前中、大阪市立中央青年センターの本田さんに会って(京都芸術センターに来るのははじめてなので少し案内する)、今年度のアートマネジメントセミナー(青少年地域活動事業)の打ち合わせ。ぼくは、松本さんと一緒に、11月16日(火)、セミナーの冒頭にオリエンテーション的なコマを持つことになる。翌年の3月13日(日)のアーツコンペまで。アーツマネジメントへの入口になればいいな(昨年にここが企画したステージを一緒に創ろうというワークショップに参加していた廣瀬さんが、アイホール演劇ファクトリー第8期生になっていたことを翌日知って、とても嬉しくなった)。
そっと、こっそり:sotto 〜working with children by yuko kanamori+kohei nawa。名和晃平のギャラリー南に入る。彼の作品が3枚。あとは、7/4に集まった小学生50数名の作品がぎっしり。定員は15名ということだったから、3倍以上の子どもたちが集まって、注射器で平面作品を作ったわけだ。その注射器と正方形の紙が机に置かれていて、ビデオで小学生たちが静かに真剣に作品づくりをしている様子が写し出されている。
でも、はじめ、そのビデオにはまったく気づかず、彼の作品を眺めていた。すると、小さな音がぽつり、ぽつりと背後からやってくる。いい感じのCDをBGMとしてかけているなあとはじめ思った。鑑賞していると、小さな気泡が一面に溢れ、画面は宇宙へと広がって何一つ音のない世界へと誘われたり、ミクロの決死隊のように、細部が拡大された映像にも見えて、血管内の濁流に呑まれたりする。じつは、この3枚の作品は子どもたちの作品に導かれて出来たのだという。その双方性が気持ちいい。
もちろん、その音はBGMなどではなく、子どもたちの注射器から生まれる青い水滴の音だった。いっきに「sotto」という展覧会のタイトルがやってくる。面白いことに、イタリア語で「sotto」というのは、underみたいな前置詞で、「〜の下に」という意味だそうで、音楽用語でも「sotto voce」(声や音をひそめて)というふうに使われる。「sotto sotto」なら、「そっと、隠れて」という意味だそうで、偶然だろうがその符合に驚く。でも、音的にそういう感じを出すのに「s」音は共通してあるのだろうなとも思う。英語でもsoftとかsweetとかsailing・・何だかそんな気持ちになる。
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