Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》MIZUNUMA Takeshi,YAHAGI Toshihiko

vol.563.
9/28(火)
東北と薄髪(ローン借り換え、水沼健演出『アルマ即興』、矢作俊彦作『スズキさんの休息と遍歴』)
朝いちばんに銀行の人がマンションに来て、ローンの借り換えの署名をするからということで、家で大人しく待っている。おはようございます。ご苦労さまだ。

次から次へと、正式な住所と自分の名前を銀行のマークが入ったボールペンで同じテンポにて延々と書く。その人は台から用紙を外したりつけたりしながら一所懸命説明してくれるが、そのうちいま署名しているものがどんな書類かなどはどうでもよくなって、それよりもBGMにかけているカリンバの音はきっとこの銀行員には聞こえていないのだろうなあと、ただ彼の頭の中に光る汗を見ている。

そんな目線を感じているかも知れない彼は、それどころではないという風情で、書類を点検しては小さなパソコンみたいなものでピコピコピコと数字を押している。暇なので、家の通帳を見て、うちって貧乏だったんだなあとつぶやき、芳江にひんしゅくを買う。ぼくは大学内にある銀行の通帳を使い、研究費や他大学の講師代などを自分のお小遣いにあてているが、アマゾンで買う分は家の通帳から落としているしこれは少しちゃんと考え直さなくちゃいかんと自己批判する〜ロラン・バルトをひっくり返したバルトロメウスによれば(つまりイヨネスコ@アルマ即興を見ると)演劇批評家は自己批判しないらしいけれど〜。

あとから考えると、今日のテーマの一つは「東北」だった。

といってほかにテーマがあったかというといい加減だが(朝にやってきた銀行員さんと読んだ本の主人公スズキさんと映画の中のだめ数学教員の竹中直人の共通点といえば、「薄毛」ね〜薄毛ではないが、アルマ即興では、帽子を取ると目が見えなくなるという特徴が気になるところ)、ぼくの語り口は、ちょいと(とりあえず会津若松をめざすのだが、そこから八戸、下北半島と北上する)東北から北海道にかけて車移動するスズキさんを描く矢作俊彦的なリズムをマネしようとはしている。

新潮社、1990.11、矢作俊彦作『スズキさんの休息と遍歴〜またはかくも誇らかなるドーシーボーの騎行』。最後のオチは、はじめ何のことかぼくもスズキさん並みによく分からないままだった。スズキさんという元新左翼が広告業?を興してハンバーガーのケチャップ開発をしていたり、そのスズキさんがあこがれていた女性がドキュメント映画を採算無視して撮っていたり、その設定は現実にとても近い感じがする。ありがちな帰結とも言える。

この小説は、作者自身の辛辣な語り口とタブりながら、なるほど、団塊の世代、新左翼運動を引きずるドンキホーテ的な三連休の、ささやかだけれど蛮勇をふるって世の正義を問う物語であった(留萌のさきまで行ってしまったので、あと1日延長した)。ロバのロシナンテがこの健気に北海道まで走るシトロゥエンの2CVで、自衛隊の制止を突破して屋根をなくしてしまうところなど、ホントにドンキホーテの物語そのもので、スズキさんの夢見がちなところ、何がホントで何が空想だったのか、20年前の闘争も妄想も恋愛もぼやけたまま、東北の殺伐とした地方開発道路を駆け抜けるのだ、ガードレールの権力性、産業廃棄物問題、原発廃棄物処理などを引きずりつつ。

サンチョ・パンサは、スズキさんの一人息子、ケンタくん。とぼけて、でもパパ思いであることが滲むケンタくんの言動が可愛く愉しい。小学校の外国人の友だちを参観日にパパが救ったことなど、微笑ましいエピソードが満載されている(あと、怒りのアフガンや逃げるフィリピン妻など在住外国人問題が強く出ている)。

今日京都みなみ会館で久しぶりに見た若者映画はまさしく東北の山形が舞台だった。置賜地方という。アジアポップ音楽祭でお世話になった白鷹町も最後にクレジットされていた。それに、なんと井上ひさし出身で彼の文庫もある川西町立フレンドリープラザがスウィングガールズ(&ボーイ)の発表の場、ハッピーエンドそのものの晴れ姿(雪まみれでユニホームも列車に忘れて制服姿だったが)だった。

イヨネスコもルーマニア生まれなので、パリから見ると東北の人ということに無理矢理すれば、みんな東北にかかわっている(イヨネスコの頭の髪の毛の多少のことは知らないし、ロラン・バルトは『物語の構造分析』などの本の裏表紙の写真を見ても髪は十分ありそうだ)。

矢口史靖監督『スウィングガールズ』2004年、105分。京都みなみ会館としては比較的入っている感じ(ずいぶん会館としてもこの作品がヒットしたので助かったようである)。イギリス炭坑労働者を描く『ブラス!』と同じようなハッピーエンド。竹中直人演じるダメ先生の秘密、高校野球とその応援ブラスバンドの優遇措置と対極の落ちこぼれ生徒のビッグバンド・・

東北のまちや家のありがちな風景(スーパーにテレビゲーム、廃車センターなどなど)のなかで、イノシシとストップモーションしたり横断歩道のチャイムから後打ちリズムを突然会得したりと、真正面の映画だけど肩ひじ張らず、気楽にさらりと見られる映画。

でも、いまやっている大学のチンドン隊とだぶらせて見ているからつい入り込んだりもする(チンドン隊に対して、うちの吹奏楽部は徐々にメンバーが充実してきて大会に出るのだと高校生と同じような運動部的テンションで脇目もふらず規律的にやっていて、高校も大学もしょせん同じだなあと思って見たわけ)。出ている女子高校生役のメンバーが実際に演奏してサントラを出していたので思わず買う。でも家に帰って聞くと、映画で思ったほどではなく、映像と物語の力の偉大さを逆に感じた。

ユジーヌ・イヨネスコ:原作、水沼健:演出『アルマ即興』(京都芸術センターフリースペース)も、1時間弱ということもあるが、実に楽しい舞台で、不条理劇のイヨネスコという心配はどこにいったのかなあというぐらい4名の男優さん(森本研典、森澤匡晴、藤原大介、尾方宣久)がのびのびと演技していた。

満員なのでびっくりしたが、終わってから、この演技者の巧みさからして、それも道理じゃと納得した。それに、例えば、紳士風のバルトロメウス1と2と3が、帽子を落とすと目が見えなくなって慌てる繰り返しが、意見がばらばらな3名の頭でっかちバルトロメウスに共通する弱点なのだとか、いろいろ観劇後にも色々考えるヒントがコメディタッチそのものとしてあるのが憎い。

「せりふを刈り込まなくちゃ」というイヨネスコ(森本が演じる)のせりふどおり、水沼健がずいぶんと原作を刈り込んだというのも自己言及とは違うけれど面白い符合だった。アフタートークに日本の不条理演劇の第一人者とかつて称されていた別役実がゲストに出ていて、味のあるトークを展開していた(ほとんど誰も帰らなかった)。
10年ほど前水戸芸術館でモノローグから昔は書き出したが、最近の作家はダイアローグ(対話)から書き出すからすごいという話を別役さんがしていたことを思い出した。


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