Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》GULF-urinko

vol.593.
1/22(土)
フライブルクの小熊&劇団うりんこ『弟の戦争』アルティ

朝、今日は昨夜見たことを書く作業がないので、のんびりしている。
野村誠さんの日記の影響で、ぼくも久しぶりにバルトークをCDで聴くことにした。行き当たりばったりに取り出した弦楽四重奏曲第5番。バルトークが53歳のときの作曲らしい。落ち着いた全音の動きが優しく伝わってくる。でも、第4楽章あたりで集中が切れる。ずいぶんと持続力がなくなったものだ。少し聴くことについて、意識を保つための雑念消去努力を試みなければならない。

芳江が新しいクウネルを買ってきて、雪を研究した中谷博士が、「絵も描ければ踊りもし」ていたという話を楽しそうにしている。同じく大阪成蹊大学で昨日買ってきた『ひかりのあるところへ』(小林孝亘作品集、日本経済新聞社)を見せてくれる。小林さんがタイの時間を持っていたこと、潜水艦ばかり書いていたこと、美大入試で4浪までしたことなどなど。パリに行ったのに、そこにあったガスレンジの青い光しか描かなかったという話がとくに面白い。

そのうち、食卓にさきもやってきて、道の誕生日の話をし出した。ドイツ語の勉強でフライブルクにいたとき、100歳の誕生日記念があるというので、出かけたら、広い道ができて100年たったので、子どもたちが手作りの衣装で踊ったりするほのぼのとしたお祭があったのだそうだ。いつもは違うところでやっている朝市みたいな露天の売り場が集まってきたり、フリーマーケットになったりする市民のためのフェスティバル。

そこで買ったのが、大きな熊のぬいぐるみ。ぬいぐるみだけを売っているお店。女の子(小学校に上がるぐらいの年齢)が大切にしていたぬいぐるみを、お母さんと一緒に売っていたのだ。どうしてそれを売るのかというと、女の子が、一つステップを上がるために、赤ちゃんのときから大切にしていたその熊をもらってもらうことにしたのだということ。

もらってもらう人をどうも女の子は選んでいたようで、さきは選んでもらって嬉しかったはずだ。大きな小熊がはるばる日本にやってきたことをその女の子は知っているのか知らないのか。でもきっと自分より少し大きなアジア人女性が買っていったことをきっと覚えていることだろうね。1ユーロ!って、その女の子。自分で卒業するつもりだったらしい(お母さんは微妙な表情)。さきは、2ユーロでいただいたという。そのとき、さきは、クロワッサンと山盛りのサクランボと大きいひまわりを抱えていたのだそうだ。

フライブルクでは犬が電車にも乗りレストランにもいるのは、ペット飼育税のようなものを払っているからだとか(犬税のようですね)、雑談のなかで考えるべきヒントを教えてくれる。のんびりすることって、本当に大切である。

劇団うりんこ『弟の戦争(原作名:GULF』原作=ロバート・ウェストール、訳=原田勝、脚本・演出:鐘下辰男。アルティでお芝居を見るのは初めてかも知れない。舞台美術も高さがあり、大きなホール(ぼくにとっては)でしても十分の迫力、しかも、台詞や演技は大味でもケレンたっぷりでもなく、最後まで気持ちよく観劇させてもらう。うりんこは初めてで、ただ代表の方とは、昔、衛紀生さんが主宰していた舞台芸術環境フォーラムの勉強会(シアターXの建物内)でお会いしたことがあったし、トム役の佃典彦(劇団B級遊撃隊)は、東京時代見たことがある。

なかなかの入り。バッチがかわいいので3個買う。『腹の底から憲法でいこう〜戦争しない国を戦争する国にしますか』という小冊子も一緒に。終わってから、いのこ福代さんに挨拶すると、150名ぐらいだと踏んでいて、200しか当日パンフを持ってこなかったら、足りなかったという。15:35〜17:43。2時間強(でも、退屈することはなかった。若干、イラクの少年兵にたどり着くまでのエピソードが多めだったが)。

アラブ人でイギリス国籍の精神科医ラシード先生(三雲一三)がキー(自分たちの方が「キチガイ」だとは言うが、患者の味方であるとも父親に言っていた)、大人のモデル的存在。他方、ラグビーをする父親(トムはずいぶんと憧れていたのだが)も、民主的な市会議員の母親(弟アンディを優しく理解しようとするが忙しさもあり見きれていない)も、子どもにとってはどちらとも影が薄い。その分、弟に対する兄の期待は高くしかも責任が子どもとしては過重のような気がする。それが悲劇を呼んだのかもしれない。工事現場のドリルの音と戦場の音、ヘリコプター。鉄パイプの殺陣もあり、見せ場を作っている(ぼくなどは、ちょっと大仰にも思えるが)。

はじまりは、過去を回顧する風のトムの語り(ソーントン・ワイルダー『わが町』を連想する)、いささか古めかしいかなあと思ったら、最後は冒頭に戻り予定調和的に終わらずに、ベッドの檻の中と外が入れ替わる。そのつど語りが兄によって差し挟まれるので、くどいように思っていたら、それはラストのための伏線だった。

どんでん返しのあと、どこまでが現実だったのか、謎があとに残される終わり方。これって、確かに弟によるテレパシーなど、サイコ話という超現実主義的な出来事を一気に解決させる手段ではありますね。
でも、リアルに感じてきた物語の記憶を一気に兄の妄想で説明することにならないか。いずれにせよ、湾岸戦争時代の原作だが、いま見ても十分に考えさせられる。テレビモニターも、テレビの中に無限にテレビが続く映像が後半に効果的に使われ、兄が自分をモニターに写すことで、幾重にもモニターに入り込む映像を通じて、彼自身の精神の危機を隠喩する役目も持っていたのかも知れない。


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