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vol.590
1/11(火)
京都新聞朝刊『提言』オピニオン解説(4面)

その写真などは、ブログ(http://kogure.exblog.jp/)で公開しているが、文章はここでアップします。
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〈タイトル〉市民的公共圏の再生を(元は「アーツ・リパブリック」)
(見出し)親密な空間形成 アーツに可能性

 「お帰り」、「どうも」。
何気ない会話、でも暖かいひと時。
八幡市駅の自転車預かり場で中学生に声をかけるおじさんを見ていると、公共性って一体何だろうかと考えこむ。公共施設なのに公共的な場を醸成していないものが多いから。そして民間の何気ない営みが実に得がたい公共的空間を形成しているからでもある。

■顔が見える関係
「公」という漢字は、道が広がった場という形から誕生したという。ドイツ語の「公共性」という言葉は「開かれた」という単語から派出して出来た。
「公共圏」という概念を提示したドイツの思想家、ユルゲン・ハーバーマスによると、古典的な公共圏はサロンなどのほか、十八世紀のロンドンのコーヒーハウスに見られるという。一ペニーを払えば誰でも文芸の議論に参加できる開かれた場。公開性の原則である。
そして、そこには身分による関係ではなく、人と人の顔が見える個の関係が形成されていた。原則としての対等性。

すべての事柄を「問題化」するというのが公共圏の三つ目の原則である。
権威からの自由、ここから市民による政治のためのジャーナリズムが発達し、文学のみならず様々な芸術(アーツ)批評が形成されてきた。新聞や雑誌はコーヒーの香るカフェで読まれ、詩や批評は声に出して朗読された。他者に曝されることで、アーツは公共性の第一歩を歩み出したといってもいい。

ところで明治以前の日本にアーツの公共圏はなかったのか。これは今後の研究課題であるが、たとえば句会であるとか、芝居小屋と浮世絵、瓦版など西欧とは違う形でその萌芽があったのではないかと憶測している。

■公共概念が変質
ところが、十九世紀に入って、国家と産業の合体、家族という親密圏の空洞化により、西欧の公共圏は変質する(読書する教養人はこの親密圏から生まれ文芸サロンという市民的公共圏を形成した)。市民的公共圏から操作的公共圏へ、である。
日本の近代は変質した公共概念に出会いそこへ追いつくために、殖産興業、忠臣愛国が日本の公共性になってしまったのだ。

操作(支配)と匿名性、そして興奮(演出)。
これがイベントの三要素だという。操作されたい群集と、操作し支配してあげるイベンター、そして依頼主。今日に至るイベント蔓延社会の始まりは十九世紀の変質した公共圏にあったのである。
したがって、イベントだけを嫌っていても何も始まらない。

もう一度、市民的公共圏をなんとしても取り戻す必要がある。そのためには、まず古典的公共圏が市民の親密圏から出発したように、空洞化してしまった家族の再構築、あるいは家族とは別にマイノリティが安心して集まれるコモンの場として、親密なる空間を再形成する必要がある。
いま町家などの保存改修によって、カフェやギャラリーを運営する人たちが増えてきているのも、実は、その想いからなのである。

 名づけて「アーツ・リパブリック」。
アーツという一見何の利益にもならない行為のもとに、親密なるコモンの場、そして操作されない対抗的公共圏というパブリックな場を作ることができないのか。

西陣の織物工場を改造したNPOによるアーツスペースや、近江八幡の町家を改造したボーダレスなアートギャラリー(滋賀県社会福祉事業団)で、コーヒーの香とともにおしゃべりをしながら思うこの頃である。


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